多世代交流型のまちへ

 兵庫県三木市にある「緑が丘ネオポリス」は、3400区画からなる戸建ての住宅地である。高齢化率は約40%と、三木市のなかでもトップの水準にある。ただし、社会資本の面からみると、圏内に小学校が2校あるほか、中学校、高校が1校ずつ、さらには私立大学もあるなど、よく整備されたエリアだ。

 それでも人口が減少しているのは、ベッドタウンという位置づけであるものの、大阪まで2時間、神戸まで1時間かかり、都心回帰が進む現在では通勤圏として魅力が薄れてしまったためだ。

 とはいえ、郊外で子育てしたい人をターゲットに据え、まちの魅力をアップすれば、また選んでもらうことは可能である。

 一方、住宅を所有している高齢者は、子どもが独立して夫婦二人きりになって庭付きの大きな家を持て余していることが多い。そこで、高齢者と共にコミュニティーを活性化させながら多世代交流型のまちにできれば、ライフステージに合わせた住み替えも可能になり、持続的に人が住み続けられるまちになると考えられる。

■ 人々が集まる拠点を設置
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緑が丘ネオポリスの現在の様子(左)。1970年代頃に建てられた住宅が立ち並ぶ。商店街の一角にサテライト拠点「みどりん」を開設(右)
(写真提供:大和ハウス工業)
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地域の人々が集う場であるとともに、クラウドソーシング事業を行うコワーキングスペースとしても活用されている(左)。仕事と子育てが両立できるようにキッズコーナーも併設している(右)
(写真提供:大和ハウス工業)

 「まず着手したのは、まちの魅力を増すための手段として、まちのマネジメントに関わる人、人が活動する場所、移動・輸送手段、ICTという4つのプラットフォームを整備することだ」と、大阪都市開発部副部長の脇濱直樹氏は語る。

 そこで、同社が旗振り役となって、企業、学校、行政、地域住民団体など、総勢22社・団体によるオープンイノベーション方式の「郊外型住宅団地ライフスタイル研究会」を結成した。この研究会が、様々な施策について検討・推進をしている。

 4つのプラットフォームのうち、住民にとって切実なのは、公共交通機関の駅や停留所からのラストワンマイルの移動手段である。そこで、2019年2月に1週間ほど、団地内自動運転の実証実験が行われた。実験参加者の自宅から公民館や生協に行く経路に乗用車を走らせて、日常の移動手段として使えるようにしたのである。生協までたどり着けば、神戸の中心である三宮までの直通バスがある。

 「その後も実用化に向けて勉強会を進めている。自動運転は先のこととして、とりあえずドライバー付きで実現できないかを検討している。ただし、有償運送となると法律面でクリアしなければならない問題も残っている」(脇濱氏)

 働き口を創出する取り組みも行っている。1つは、チームで仕事を請け負うクラウドソーシング事業だ。19年10月から本格化しており、空き時間で働けることから、子育て中の女性に人気がある。20人から始まり現在は42人にまで登録者が増えている。19年12月の受注高は80万円に達した。

 もう1つの仕事は、胡蝶蘭の栽培事業。いわゆる農福(農業・福祉)連携で、隣接する大和ハウスの開発した団地内に新たに設置したビニールハウスで高齢者や障がい者が従事する予定だ。19年12月から20年2月末まで、高齢者約20人に試験的に働いてもらった。週に1、2回、午前・午後のうち空いている時間に仕事をするというもので、現在、約20人が参加している。

■ 高齢者の就労環境を創出
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緑が丘ネオポリスの近隣にある延床面積約400㎡の社有地にビニールハウスを設置し、高齢者や障がい者が胡蝶蘭の栽培に従事できる環境を整えた
(写真提供:大和ハウス工業)
就業者にはウェアラブルデバイスを装着してもらい、心拍数を集計するなどして健康増進につなげる実証実験も行っている
(写真提供:大和ハウス工業)
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 こうしたプラットフォームの運営組織として、大和ハウス工業は三木市とともに一般社団法人「三木市生涯活躍のまち推進機構」を立ち上げた。「今後、まちを持続させるには、行政に頼りきることはできない。この機構が経済的に自立できるようにしたいと考えている。この仕組みづくりが軌道に乗れば、同様の課題を抱える全国の団地に水平展開していけると考えている」(脇濱氏)。

 まだ取り組みは始まったばかりだが、2019年まで三木市内で1位だった「緑ヶ丘ネオポリス」の高齢化率は、3位に下がった。戸建ての建て替えが進み、若い人が少しずつ増えてきたことがその理由として挙げられそうだ。