病院食では使われない

 日本でもMSGを取り巻く環境は同じようにネガティブだった。米国で始まったMSGに対する安全論争は日本にも伝わり、公害が社会問題化されていた1970年代に広まった。50年前のイメージがいまだに残っているのは、近年の自然志向も背景にある。多くの食品に無添加、化学調味料不使用の表示がされており、あたかも「化学調味料は健康に悪い」という印象を消費者に残す。

 「そもそも化学調味料という言葉は『味の素』という商品名を番組に出せないテレビ局が使い始めたが、当初はかっこよく、先進的でポジティブなイメージで『化学』という言葉を使用していた。60~70年代に公害が社会問題になった頃から、ネガティブな意味合いに変化してきた」(髙橋氏)

 化学調味料ではなくMSGという表現が一般的になっても、「添加物は身体によくない」という考えが根強くあるため、いまだ病院の食事などでも、ほとんど使われていない。

 こうしたなか、MSGの有用性に関する、ポジティブな研究成果も出てきた。2000年以降、うま味成分の有用性に関する科学論文で、舌や胃にMSGの受容体が存在するため、「料理に添加することによって風味を増強する」という内容だった。

 「安全性への理解とともに、MSGを使うことによる減塩効果や、病院食などでの食欲の増進効果、安価で美味しく食事ができることなど有用性も伝えていきたい」(栢原氏)

 こうした思いで同社は日本でも19年4月、7月、11月の3回にわたり、メディア懇親会を行った。添加物への不信感についての背景など、食や医療、社会学の専門家などを招いてパネルディスカッションを開き、MSGへの正しい理解を求めていくなかで、「ふだんから生活者に直接情報を届ける場を設けていかなければいけない」(髙橋氏)という思いを新たにするきっかけにもなった。

副生物は肥料として活用

 味の素は3回目のメディア懇親会で、「リスクコミュニケーション」に対する姿勢を打ち出した。リスクコミュニケーションとは、信頼に値する適切な情報を企業自ら生活者に発信していくことだ。

 味の素はこの重要性を認識し、「組織・市場・業界・個人の立場の枠を超えた新しいリスクコミュニケーションの場を立ち上げ、生活者と『食と健康』に関する正しい情報を分かち合い、真に健康で豊かな社会の創造に貢献していく」という行動宣言を発表した。

 「2020年はリスクコミュニケーションのフォーラムを開催し、生活者と対話の場を設けていきたい」と、栢原氏は意気込みを話す。

■味の素が提案するリスクコミュニケーション・フレームワーク
図版提供:味の素
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 MSGはSDGsの側面でも、注目を集めている。環境保全を目的とした循環型社会の形成にも貢献しているのだ。

 しょうゆや味噌と同じように、MSGは発酵法で作られている。菌に糖類を食べさせて、発酵菌の働きでグルタミン酸が生成されるのだ。この過程で生じる副産物には栄養分があり、牛の糞と混ぜて肥料として使うことができる。

 味の素はイオン九州と連携し、MSGの副産物(発酵副生バイオマス)を使った肥料で野菜や果物を生産する循環型システムを構築してきた。こうしてできた農作物は「甘みがあって美味しい」と地元でも人気となり、19年12月には外務省が主宰するジャパンSDGsアワードで、「九州力作野菜®」「九州力作果物®」プロジェクト共同体としてSDGs推進副本部長(内閣官房長官)賞を受賞した。

 社会や時代の変化とともに、MSGが様々な側面から再び存在感を高めている。