永井 祐介/みずほ情報総研 環境エネルギー第2部 シニアコンサルタント
大山 祥平/みずほ情報総研 環境エネルギー第2部 チーフコンサルタント
伊井 幸恵/みずほ証券 サステナブル・ファイナンス室 室長

脱炭素化を目指す企業の「移行」に対する資金供給の重要性が高まっている。国内外での指針の明確化により、2021年は移行ファイナンス元年となりそうだ。

 2020年10月26日、菅義偉首相は日本として50年までにカーボンニュートラルを目指すと宣言した。世界では既に日本を含めた120カ国以上がカーボンニュートラルを宣言しており、今後は国内外で脱炭素社会に向けた急激な社会変化が予想される。

 こうした脱炭素社会に向けた変化は、一般に「トランジション(移行)」と呼ばれる。トランジションは社会、政府、企業などで起こり得るが、近年は特に企業のトランジションへの注目が高まっている。

企業や経済の成長につながる

 企業におけるトランジションが注目される理由は、その取り組みが将来の企業価値や、企業の存続の可否に大きな影響を及ぼすと考えられるからだ。例えば、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は、気候変動の緩和に向けた社会変化が事業活動に与える影響について、企業が「移行リスク」と捉えて検討し、投資家などのステークホルダーに開示することの重要性を示した。

 TCFD設立時の金融安定理事会(FSB)議長であり、前イングランド銀行総裁のマーク・カーニー氏が「Tragedy of Horizon(ホライゾンの悲劇)」と呼んだように、気候変動は、従来の金融システムでモニタリングされていた数年〜10年程度の時間軸よりはるかに長い数十年のスパンで企業活動に影響を及ぼす。そのため、こうしたリスクを積極的に評価し、投融資活動につなげる動きが加速している。

 だが、企業がトランジションに取り組む意義はリスク低減だけではない。

 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、気候変動がポートフォリオ全体の企業価値に与える影響を分析し、20年8月の「ESG活動報告」に掲載した。世界全体が1.5℃や2℃目標を達成するシナリオの下では、国内株式において移行リスクや物理的リスク(気候変動によって生じる異常気象などによるリスク)よりも、トランジションに伴う「事業機会」の方が大きく、トータルでは日本企業の価値が増大するという結果を示した。

 これは、世界の市場がトランジションに向かって変化するなかで、日本企業が持つ環境関連技術が活用され、ビジネスチャンスが増大することが理由だ。トランジションに取り組むことが、企業や経済全体の成長にも貢献し得ることが示された。

 リスク低減と機会獲得につながることを踏まえ、企業として脱炭素化に向けて事業をどのように変えるかを示す「移行戦略」を策定し、投資家などのステークホルダーに発信することが重要である。そして、企業がトランジションを実現するには設備投資や研究開発といった具体的な行動が必要になるため、これらを支えるファイナンスが不可欠だ。企業のトランジションを評価し、ファイナンスにつなげる手法として注目されるのが「トランジションファイナンス」である。

欧州のガス事業で先行例も

 トランジションファイナンスに類似のものにグリーンファイナンス(グリーンボンドやグリーンローン)が挙げられるが、これは資金使途のグリーン性(再生可能エネルギー発電事業への投資など)に基づき認定するのに対し、トランジションファイナンスは資金使途のみならず、企業体としてどのような移行戦略を立て、取り組んでいるかが評価される(詳細は3ページの表参照)。

 こう聞くと難しく思えるかもしれない。だが、既に日本の多くの企業はTCFD提言に基づく移行リスクの評価や対応戦略の立案を行っている。むしろこれらを金融機関からの直接的な投資や融資につなげられる機会と考えるべきだ。

 トランジションファイナンスは比較的新しい概念だが、海外では既にいくつか事例がある。英ガス供給会社カデントやイタリアのガス供給会社スナムは、それぞれ20年3月と6月にそれぞれ5億ユーロの債券を発行した。いずれもガス導管の改良や再エネなどを資金使途としているほか、30年や50年に向けた中長期のCO2排出削減目標を約束した。

 株式投資でもトランジションファイナンスが始まった。株価指数を開発する英FTSEラッセルは「TPI Climate Transition Index」という指数を20年1月に組成し、英国国教会年金理事会が同指数に基づき6億ポンドの運用を始めた。