人権デューデリ実施が急務

 企業にとってのリスクは訴訟や不買運動だけではない。10年代以降、企業の人権対応を義務化する法制度の策定が欧米を中心に広がっている。

 12年に「米カリフォルニア州サプライチェーン透明法」、15年には「英国現代奴隷法」が施行された。17年の「フランス人権デュー・ディリジェンス法」施行、19年の「オーストラリア現代奴隷法」施行、「オランダ児童労働デュー・ディリジェンス法」制定へと拡大している。現在、ドイツでも同様の法律を策定中であり、さらにEU全体として人権デュー・ディリジェンス(人権デューデリ)を義務化する指令の策定も進められている。日本企業も対象になる可能性があり、既に対応を迫られている企業も少なくない。

 人権デューデリとは、人権リスクの実態を把握・分析して予防・是正措置を行うこと、さらに状況をモニタリングして外部に情報公開していくプロセスの総称である。対象となる人権リスクには、製造・流通過程における児童労働や強制労働、労働安全問題のみならず、自社におけるセクハラやパワハラ、広告表現上の差別なども含まれる。社内だけでなく、取引先を含めたサプライチェーン全体での対応が必要になる。

 実際の人権デューデリの進め方は企業によって様々だ。多くの場合、まずは従業員や経営層をはじめとする様々なステークホルダーへのヒアリングや、ホットラインへの通報データなどの定性的・定量的な分析を基にリスクの所在を明らかにしていく。海外子会社なども含めて広範囲が対象となるため、国や地域固有のリスク情報や同業他社のトラブル事例なども活用しつつ、リスクを網羅的に洗い出すことが重要だ。収集したリスクを深刻度や発生可能性などで評価し、重要度の高いものから措置を講じていくことが求められる。

 欧米では人権デューデリの実施が産業界のスタンダードとなりつつあるが、日本は後れをとっている。独ESG評価会社アラベスクS-Rayの調査によると、欧米の主要株価指数の構成銘柄の8〜9割が既に人権デューデリを実施している。これに対し経団連の調査では、日本企業の3割程度しか実施していない状況だ。日本企業はまず、人権デューデリを実施して「自社のサプライチェーンで何が起きているか分からない」という事態から抜け出す必要がある。

 実態の把握と並行し、「人権方針」を策定して自社の対応方針を外部にコミットする必要がある。さらに、従業員を含む各ステークホルダーが人権問題についての相談や通報が可能なホットラインの設置をはじめとする「苦情処理メカニズム」の構築も重要だ。

 実際の対応としては、人権侵害の防止を目指したイニシアティブに参加したり、国際的な認証を取得したりして、自社の原料調達の仕組みを国際標準に合わせていく必要もある。国際フェアトレード認証やRSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議)などが代表的だ。さらに、児童労働などを防ぐために現地の政府やNGOに資金や技術の支援を実施する企業も増加している。

10人に1人が児童労働

 最後に児童労働の問題がどれだけ深刻なのかを確認しておこう。国際労働機関(ILO)の統計によると世界では1億5200万人(16年時点)が児童労働に従事しており、その数はなんと日本の人口よりも多い。世界の子どもの10人に1人が児童労働をしている計算だ。特に深刻なアフリカでは5人に1人が児童労働という状況にある。SDGs(持続可能な開発目標)は、全体の達成年である30年よりも5年早い25年までに「あらゆる形態の児童労働を撤廃する」ことを掲げている。しかし現状のペースではその達成は極めて困難だ。

■ 児童労働に従事する子どもの数とSDGsのターゲット
■ 児童労働に従事する子どもの数とSDGsのターゲット
出所: ILO, “Global estimates of child labour: Results and trends, 2012-2016” (児童労働白書より抜粋)

 さらに、新型コロナウイルス感染症の拡大は児童労働者を数百万人増加させると、様々な国際機関が警鐘を鳴らしている。パンデミックを背景とする世界市場の縮小・経済活動の停滞によって家計収入が減少し、子どもたちが生計を補わざるを得ない状況が発生している。学校閉鎖や移動制限は地域社会などによる監視機能を低下させ、児童労働を抑止できなくなっているとも指摘される。

 国連指導原則の策定を推進した米ハーバード大学のジョン・ラギー教授は、人権問題と気候変動問題には根本的な違いがあると指摘している。人権は二酸化炭素の排出のように「オフセット(相殺)」することができない。児童労働によって失われた子どもの教育機会や健康は戻らない。児童労働撤廃の目標期限まで残り5年を切った今、自社のリスクを理解して人権に配慮した経営にかじを切れるか。日本企業の姿勢が問われている。