これまでのSBTは、5〜15年先を目標年とするものだった。50年という「超長期」の目標設定は、推奨はしていたものの、具体的な設定方法までは定められていなかった。

 そんななかIPCCが18年に発表した「1.5℃特別報告書」において、1.5℃目標の達成には50年のネットゼロが必要であるという科学的な指標が示された。これが契機となって、SBTイニシアチブによる、科学と整合するネットゼロ目標の検討につながった。

 SBTイニシアチブは19年9月からSBTネットゼロの開発を始め、20年9月にその「基礎的な考え方」を示すリポートを発表した。そして21年1月、SBTネットゼロの基準案を示した。基準案はパブリックコメントを経て4月にも公表される予定である。その後、目標設定のガイダンスや検証プロトコルの開発を経て、年内の運用開始を予定している。

 この記事は基準案を基に執筆する。今後、確定される基準と異なる可能性がある点に注意してほしい。

SBT案との大きな違い

 SBTイニシアチブは、企業がネットゼロを実現し、かつ科学と整合させるために次の2つの条件を満たす必要があるとしている。

  1. バリューチェーン全体でオーバーシュート(一時的な排出増)しない、または、限定的なオーバーシュートにとどめ、温暖化を1.5℃以内に抑える排出経路での削減の深さと整合した排出削減の規模を達成し、
  2. 削減できずに残る「残余排出量」の影響は、同等量の大気中のCO2を永続的に除去することで、「ニュートラル化(Neutralization)」する。

 「温暖化を1.5℃以内に抑える排出経路での削減の深さと整合する」とは、1.5℃目標を世界全体で達成する場合に求められる削減と同様のペースで、企業も削減することだ。

 2つの条件で注目すべきは、まずグロスの排出量削減(総量削減)の目標を求める点だ。

 多くの企業のネットゼロ目標は、企業の削減努力に加えてオフセットを行うことを想定している内容だが、50年までに何%、自社の努力で総量削減するかは示していない。だがSBTネットゼロは、オフセットに過度に依存せず、最大限、企業が削減に努力することが必要になる。具体的にどの程度減らすのか、総量による削減目標の設定を求められる。

 また、SBTネットゼロは、企業が最大限、削減に努力した後で、どうしても残ってしまう排出量(残余排出量)に対処し、実質的に排出量をゼロにする手段として「炭素除去(Carbon Removals)」を用いることを求めている。

 炭素除去と、カーボンオフセットはどう違うのかという疑問が生じるだろう。SBTイニシアチブはオフセットを2種類に分類しており、除去はその1つという位置づけだ。

 1つは、企業がバリューチェーンの外で排出を回避することで、これを「Compensation(補償)」と呼ぶ。もう1つはバリューチェーン内外で大気中から炭素を除去することで、これを「Neutralization(ニュートラル化)」と呼ぶ。

 補償は、「排出回避クレジット」を使うオフセットなどを指している。排出回避とは、例えば石炭火力発電からガス火力発電に代替することだ。石炭火力の場合に想定される排出量と、実際に導入されたガス火力の排出量の「差分」である「仮想の削減量」に基づくクレジットを使う。日本企業になじみがあるのは、この排出回避クレジットだろう。

 一方、ニュートラル化は「除去クレジット」を使うオフセットである。除去とは、植林やBECCS(バイオマス発電のCO2回収・貯留)、バイオ炭の利用などで、大気中からCO2を吸収・固定・隔離することだ。この、大気から実際に除去された「現実の除去量」に基づくクレジットを使う。