金融の「ネットゼロ」加速へ

 PCAFスタンダードをきっかけに投融資スコープ3排出量の計測・開示が普及することによって、投融資スコープ3排出量をネットゼロにする目標を宣言する金融機関が増加すると予想される。

「金融業界のためのグローバル温室効果ガス計測・報告スタンダード」(PCAFスタンダード)はウェブサイトからダウンロードできる<span class="fontSizeS">(出所:PCAF)</span>
「金融業界のためのグローバル温室効果ガス計測・報告スタンダード」(PCAFスタンダード)はウェブサイトからダウンロードできる(出所:PCAF)

 既に金融機関による削減目標を認定する動きも進んでいる。パリ協定に沿った企業の削減目標を認定するSBTイニシアチブは、20年10月に金融業界向けの目標設定ガイダンスのパイロット版を公表し、投融資スコープ3排出量の削減目標の設定基準を示した(執筆時の最新パイロット版は21年4月公表のバージョン1.1)。

 パイロット版ガイダンスは金融機関に対し、PCAFスタンダードを用いて投融資スコープ3排出量を計測した上で、資産クラスや主要な業種ごとに、削減目標を設定することを求めている。

 排出が多い業種の投融資先に対しては「セクター脱炭素化アプローチ(SDA)」と呼ぶ方法による目標設定が推奨されている(発電と不動産・住宅は必須)。具体的に金融機関に求められることとして、対象となる業種の投融資スコープ3排出量をPCAFスタンダードに基づいて計測すること、加えてポートフォリオの業種単位で排出実績が、SBTイニシアチブが業種ごとに定める「2℃未満」もしくは「1.5℃目標」のシナリオに整合するように、投融資先企業に対して温室効果ガス削減を促すことが挙げられる。

 それ以外の業種では、投融資先企業に対して2℃未満もしくは1.5℃に整合的な温室効果ガス削減目標を設定するようにエンゲージメントすることが求められる。投融資の全企業が2℃未満もしくは1.5℃シナリオに整合的な削減目標を宣言していれば、金融機関のポートフォリオも2℃未満もしくは1.5℃シナリオに整合するというロジックである。

企業もスコープ3の開示を

 投融資スコープ3排出量の計測・報告に取り組み、ネットゼロ目標を宣言する金融機関が増えれば、投融資を受ける企業にも、金融機関の期待に応えるための対応が求められる。

 まず考えられることは、金融機関によるエンゲージメントの対象が、幅広い業種に拡大することである。

 従来、気候変動への関心の高い株主やNGOなどのステークホルダーによる排出量削減への期待は、排出量が大きい特定の業種に集中していた。ところが、PCAFスタンダードによる投融資スコープ3排出量の計測・報告が拡大するにつれ、株主・ステークホルダーの関心は、投融資スコープ3排出量全体の削減に向かうと予想される。

 既に国内でもいくつかの金融機関が投融資スコープ3排出量のネットゼロ目標を表明しているが、目標を達成するためには投融資先のあらゆる業種の企業がネットゼロ排出目標を宣言した上で、実際の排出量を削減することが必要となる。これまでエンゲージメントの主な対象となっていなかった業種でも今後、金融機関の削減目標を踏まえた目標や削減計画を検討すべきであろう。

 もう1つ考えられることは、企業の温室効果ガス削減目標に対する金融機関の期待が、直接排出からバリューチェーン全体の排出に拡大することである。

 前述の通りPCAFは、加盟している金融機関に対し、投融資先企業のスコープ3排出量の計測・報告について、段階的に報告対象の業種を拡大することを求めている。既に21年には、エネルギー(石油・ガス)と採掘業がその対象となった。今後、企業のスコープ3排出量の計測・報告が普及するに従って、幅広い業種の企業に対し、計測・報告と削減の要請が拡大すると考えられる。

投融資で経済の脱炭素化へ

 金融機関の削減目標の対象には、現時点において温室効果ガスの削減が技術的に困難が業種や、バリューチェーンにおけるスコープ3排出量の計測・報告が十分でない業種もあると思われる。また、銀行の融資残高の多くを占める中小企業の排出量の報告や、削減目標の設定も課題である。

 投融資スコープ3排出のネットゼロ目標を掲げることは、投融資先の企業を中心とした経済の脱炭素化に金融機関がコミットしたということである。金融機関には温室効果ガス排出の計測・報告から削減目標の設定、低炭素やゼロエミッションを実現する技術への投資など幅広い課題の解決に、企業と協力して取り組むことが求められるだろう。