米国では、一部の州で排出量取引制度が導入されているが、連邦全体では明示的な炭素価格が導入されておらず、9月以降の議会での法案審議でも今のところ議論の対象とはなっていない。こうした事情を背景に、ジャネット・イエレン財務長官は7月にEUも参加するG20の会合で「いかなる炭素国境調整システムも、明示的な炭素価格のみに着目するのではなく、各国の気候政策が排出をどの程度減らしているのかに着目することが重要」「米国が検討中の政策の中には炭素に暗示的価格を乗せるものがあり、他国との有用な比較対象となり得る」と表明した。

 この点は日本でも既に議論になっており、環境省の「カーボンプライシングの活用に関する小委員会」の中間整理(21年8月)でも「日本の対策が遅れていると捉らえられると EUの炭素国境調整措置などによって不利益を被るリスクがあり、明示的なカーボンプライシングを持つなど、プライシングが目に見える形にしておくことが必要」という意見と「明示的カーボンプライシングは必ずしも必要ではなく、カーボンプライシング以外の我が国での気候変動対策の取組や、数兆円規模の暗示的な炭素価格も含めて、整理して見える化した上で、国際的に発信し理解を醸成していく取組が必要」という意見が併記された。

 暗示的価格によるコストをどのように定量化するのか、多様な政策のどの部分を調整対象とするのか、WTOのルールと整合的に暗示的価格を国境で調整できるのか、輸出国側の暗示的価格を考慮しない炭素国境調整はWTOルールと整合的なのかなど、詰めるべき論点は多い。

日本もルール作りに関与を

 欧米で炭素国境調整が導入される場合に、日本企業にはどのような影響があるだろうか。制度検討で先行しているEUに対しては、鉄鋼やセメントなどの対象製品の日本からの輸出量は僅少で、直接的な影響は軽微と予想される。大きな影響を受けるのはEUへの輸出量が多いロシア、ウクライナ、トルコなどであるが、こうした国々がEU向けの輸出をアジア市場に振り向ければ、日本企業のアジア市場での競争は一層激しいものとなる。

■ EUに対する鉄鋼とセメントの輸出量(上位3カ国と日本)
■ EUに対する鉄鋼とセメントの輸出量(上位3カ国と日本)
■ EUに対する鉄鋼とセメントの輸出量(上位3カ国と日本)
出所:欧州委員会によるCBAM提案の影響評価に基づき著者作成

 また、日本企業でも、EUに現地工場を置き、素材をEU域外から調達しているケースでは、炭素国境調整に伴うコストが上乗せされる。

 EUに加えて米国も炭素国境調整を実施する場合、日本からの輸出量はEU向けよりも大きいので、EUのCBAM以上の影響が生じるかもしれない。しかも、暗示的価格による調整となった場合、自社製品にどの程度の暗示的価格が乗っているのかを計算し、米国当局に示す必要が出てくる。ただ、米国自身の炭素コストが暗示的価格分を含めてどの程度になるかが現時点でははっきりせず、影響度の見極めが難しい。

 欧州委員会の提案も、米国のクーンズ議員らの法案も、製品排出量の計算方法を具体的には示していない。この点は、EUでも米国でも、立法後に策定される細則に委ねられると予想されるが、計算方法次第で、調整対象となる製品排出量の算定値が上下し、それが競争力に直結する可能性がある。そのため政府や企業は、恣意的ではない公平な方法となるように、欧米との協議や国際的なルール作りに関与する必要がある。

 なおEUでも米国でも、実際に導入されるかは今後の審議次第であり、現時点では確定していない。導入される場合でも審議の過程で制度設計が当初案から変わっていき、最終的な設計は大きく異なるものになり得る。実施開始後に、対象製品の範囲を素材やエネルギー以外のより複雑な製品に拡大する可能性もある。

 欧米の炭素国境調整に不満を持つ国がWTOの紛争解決制度に提訴する場合、その判断次第では、制度設計の変更が迫られることもある。炭素国境調整が安定的な制度として定着するまでには、かなりの紆余曲折が予想される。