2019年末までに日本の約210社がTCFDに賛同。その多くが初の開示に挑む。出始めた事例から、2年目の開示に向けた課題が見えてきた。
トヨタ自動車が2019年9月に発行した環境報告書に掲載した気候変動対策に関する情報が、ESGに関わる専門家の間で高い評価を得ている。「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」の提言を基に開示した内容だ。
トヨタが掲げる30年をめどとする環境目標が、気温上昇を2℃未満に抑える社会となっても戦略として有効かどうかや、「レジリエンス(強靭さ)」を備えているかを検証した点が注目されている。
電動車の見通し5年早く
世界の金融機関を監督する金融安定理事会(FSB)が、気候変動は金融市場に危機的な影響を及ぼし得るという認識を示したのが15年。FSBによって組織されたTCFDは、投融資・引き受けの対象となる企業の財務が気候変動から受ける影響を考慮することを、投資家や金融機関などに求めた。また企業にも、投資家らが参照できる情報の開示を求めた(3ページ参照)。ここにきて世界で企業の開示が増え始めた。
内容は、企業によって差があるのが実情だ。トヨタの開示は、2℃未満を目指して世界の気候変動対策が強化される「移行」のリスクを評価し、事業が受ける影響(インパクト)を把握して、30年目標が今のままでいいかを検証し、その経緯を環境報告書に開示した。一見、地味なようだが、TCFD提言を実践した好例である。
トヨタが長期の環境施策として「トヨタ環境チャレンジ2050」を発表したのが15年。50年に世界で新車走行時の平均CO2排出量を10年比で90%減らすことなどを掲げた。この実現に向け、中間地点として30年の姿を示したのが18年に発表した「2030マイルストーン」だ。
マイルストーンが有効であるかを確認するため、30年の社会像を3パターンで描いて19年4月から分析を始めた。社会像を描くのに参照したのが気候シナリオだ。
国際エネルギー機関(IEA)が示す「2℃シナリオ(2DS)」と、「2℃未満シナリオ(B2DS)」を基に2つの社会像を描いた。これに加え、対策が遅れる社会像も設定した。
2℃シナリオは、世界平均気温の上昇を産業革命前と比べて2℃に抑える場合に産業や運輸などで求められる削減量を示すもの。2℃未満シナリオは、気候変動対策がいっそう強化され削減量も増える、おおむね1.75℃を目指す社会像を示している。
シナリオ分析を通じて、3つのどの社会像でも、30年における世界新車販売市場は拡大傾向だと分かった。
ただ、マイルストーンの1つに、ZEV(走行時にCO2を排出しない電気自動車と燃料電池自動車)の販売台数を100万台、これにハイブリッド車やプラグインハイブリッド車450万台を加えて合計で550万台の販売を目指す目標がある。
シナリオ分析では、2℃を目指す社会ではZEVの需要を満たせるものの、2℃未満の社会ではZEVの需要が急速に高まるため、この販売目標では需要が満たせないと分かった。
トヨタが19年6月に開いたメディア説明会では、寺師茂樹副社長がクルマの電動化が計画を上回るスピードで進展していると説明。CO2削減に向けて電動車への期待が世界で高まっており、30年を目標年に設定していた電動車とZEVの販売目標が5年近く先行しそうだとの予想を明らかにした。
トヨタはマイルストーンの検証と販売目標の5年前倒し予想を結び付けて説明していない。だが、2℃未満のシナリオ分析の下、社会が急速に移行し需要が変わっても対応できる戦略を示したと見て取れる。
電動車需要の加速に対し、トヨタは柔軟かつ戦略的に対応できると、環境報告書に記している。ハイブリッド車の開発を通じて電動車に欠かせない要素技術を培い量産基盤を確立しており、ZEV開発に活用できるため需要に応じた5年の前倒しも対応できるという。

(写真:Kyodo News/Getty Images)
企業のESG対策に詳しいみずほ情報総研の柴田昌彦シニアコンサルタントは、「世界の移行が早まろうと、需要変動のリスクに柔軟に対応し、商機に変えられる経営戦略があると伝わってくる開示」と話す。