社会経済の部分に関しては、「非常に低い」と「低い」シナリオで採用されているSSP1は「持続可能性」を重視した世界、「中間」シナリオのSSP2は社会経済も「中庸な」世界(現在の延長に近い)、「高い」シナリオのSSP3はナショナリズムが復活する「地域対立」の世界、「非常に高い」シナリオのSSP5は「化石燃料依存」の開発が続く世界というストーリーだ(今回採用されていないSSP4は、国内外の不平等や階層化が進む「分断された」世界)。

 今回の第1作業部会報告書では5つのシナリオの実現可能性などは論じられていないが、筆者の理解の範囲内で述べると、パリ協定において現状で各国が掲げている排出削減目標や実施している政策のレベルでは、「非常に低い」や「低い」の経路にはまったく乗っておらず、せいぜい「中間」の経路あたりであることに注意していただきたい。社会経済シナリオについては、22年3月に公表される第3作業部会報告書(AR6 WGⅢ)で詳しく論じられる。

地域ごとに物理リスクを評価

 今回の報告書では、地域ごとの気候変動の将来見通しを、極端現象の変化を含めて充実させた。これは、世界で気候変動の影響が顕在化してきており、影響に備える「適応策」が待ったなしであるという認識に基づく。影響評価や適応策は、22年2月に公表される第2作業部会報告書(AR6 WGⅡ)で詳しく論じられるが、今回の第1作業部会からは、それに向けた気候科学からのインプットを最大限に行っている。

 その具体的なインプットが、「気候的な影響駆動要因」(Climatic Impact Drivers; CID)という用語で新たに定義された。CIDは基本的に、従来より「ハザード」と呼よばれているものに近い。ハザードは悪影響の駆動要因であるが、一般的には気候変動による好影響(寒冷地での温暖化による健康や農業への好影響、北極海航路など)もあるので、好影響の駆動要因の意味も含むようにハザードを拡張した概念がCIDであると理解していただければよい。

 AR6では、気温に関するもの、降水と乾燥に関するものなど、合計30のCIDを陸域に対して定義し、世界の各地域に対してCIDの過去の変化と将来見通しの評価を行っている。例えば日本を含む東アジア地域においては、極端な高温と大雨の増加や、強い熱帯低気圧(台風)の増加、それに伴う強風の増加などが予測されている。日本における近年の実感と合致するだろう。

 22年に公表されるAR6の第2作業部会報告書では、このCIDに、人間社会や生態系の「曝露」や「脆弱性」を組み合わせ、各地域での気候変動の影響評価と適応策の検討が論じられる。企業においても、サプライチェーンを含む企業活動に及ぶ物理的リスクを評価する上で、注目すべきテーマといえる。

■ 世界を約50エリアに分けて気候変化を予測
■ 世界を約50エリアに分けて気候変化を予測
北米大陸は、NWN(北米大陸北西部)ほか5エリア、アジアはEAS(東アジア)ほか11エリアなど、世界を約50エリアに分け、地域ごとの気候変動の将来見通しを評価した
(出所:IPCC AR6 WGⅠ Figure TS.22)
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■ ほとんどの陸地が暑くなり、沿岸は高潮リスクが高まる
■ ほとんどの陸地が暑くなり、沿岸は高潮リスクが高まる
合計35の気候的影響駆動要因(CID)は、暑さと寒さ、湿度と乾燥、風、雪氷、沿岸、外洋という7グループに分かれる。上の棒グラフは、陸地と沿岸地域に関する6グループ、30のCIDについて、将来の変化が予測されるエリアの数を表示。上の世界地図で示した約50エリアについて評価した。紫色が濃いほど増加する確信度が高く、茶色が濃いほど減少する確信度が高いことを示す。将来の変化は、2050年を中心とする20~30年の期間、または気温が2℃上昇した期間を、1960~2014年または1850~1900年の同程度の期間と比較した
(出所:IPCC AR6 WGⅠ Figure SPM.9)