最悪のシナリオを直視する

 リスクは必ずしも頻度や確率が定量化できるものばかりではない。可能性は低いが(あるいは不明だが)排除はできず、もし起きた場合には甚大な被害をもたらすリスクの存在が今回の報告書では強調された。

 世界平均の海面水位は、「非常に高い」排出レベルのSSP5-8.5シナリオの場合に、1900年を基準に2100年に最大1m程度上昇すると見通されているが、これは海水の熱膨張、氷河・氷床の融解など十分に理解されている物理プロセスのみを考慮した場合である。一方、西南極の氷床が不安定化し崩壊が止まらなくなるプロセスの存在が指摘されており、これは本当に起きるかどうかも分かっていないが、起きる可能性を排除できない。もし起きた場合には、2100年の海面上昇は1.7mにも達すると考えられる。

 さらに、海面上昇はその後も数百年から数千年続く。「非常に高い」シナリオの場合の2300年の上昇量は2~7mと見通されているが、西南極氷床の不安定化が起きた場合には15mにも達するとされる。

■ 2300年に世界平均で15mの海面上昇も
■ 2300年に世界平均で15mの海面上昇も
1900年を基準とした世界平均海面水位の変化。SSP5-8.5シナリオの場合、2100年に最大1m程度上昇する見通しだが、南極氷床の崩壊が起きれば1.7mに達するという予測もある(左)。さらに、その後も海面水位の上昇は続き、最悪の場合、2300年の上昇量は15mに達する可能性を排除できない(右)
(出所:IPCC AR6 WGⅠFigure SPM.8)

 他にも、アマゾンの熱帯雨林が温暖化に伴う乾燥化と森林伐採によって枯れるのが止まらなくなり、アマゾン全体がサバンナに移行してしまう可能性を排除できない。また、北大西洋の北部で沈み込む(メキシコ湾の暖流を西ヨーロッパ近くまで運んでいる)暖流が現在弱まってきているが、これが完全に停止して世界の水温分布や雨の分布を変えてしまう可能性を排除できない。

 現在の科学では、これらの現象が何℃の温暖化で引き起こされるか分からない。だが、気温上昇を低く抑えれば低く抑えるほど、これらの事態が生じる可能性を低くできることは間違いない。パリ協定の「1.5℃」をそもそもなぜ目指すべきなのか、気候変動政策を考える際にはこのことを考慮に入れていただきたい。

江守正多(えもり・せいた):1997年に国立環境研究所に入所。地球環境研究センター温暖化リスク評価研究室長などを経て、2021年より現職。気候変動に関する政府間パネル第6次評価報告書第1作業部会では第1章の代表執筆者を務めた