2020年7月に金融庁長官に就任した氷見野氏にESG投資や地銀の在り方を聞いた。ESGは思想信条ではなく、金融機関を経営する上で不可欠になっていると語る。

菅総理が所信表明演説で、「2050年までに温室効果ガス排出を実質ゼロにする」と宣言しました。実現のためにイノベーションとグリーン投資の必要性も指摘しました。ESG投資の主流化は金融庁の目的に合致していますか。

氷見野 良三 氏(以下、敬称略) 気候変動と金融行政の関わりには3つの側面があります。

氷見野 良三 氏
金融庁 長官
1960年、富山市出身。東京大学法学部を卒業後、83年に大蔵省入省。87年にハーバード・ビジネス・スクールでMBA取得。2003年にバーゼル銀行監督委員会事務局長、06年に金融庁監督局の証券課長、07年に銀行第一課長、09年に総務課長。10年以降、総務企画局の参事官、審議官などを経て16年に金融国際審議官。19年に金融安定理事会(FSB)規制監督常設委員会議長。20年7月から金融庁長官(写真:中島正之)

 1つは金融機関にとってのリスク管理の側面。物理的リスクとして、台風がどのようなコースを取るかで損害保険会社であれば1000億円単位で出ていくお金が変わるわけです。

 移行リスクで考えれば、金融機関が自動車の部品メーカーにお金を貸す際、ガソリンエンジンの部品なのかガソリンを使わない自動車でも必要な部品なのかは借り手を見る上で大事な要素になります。気候変動が借り手や自社のビジネスに与えるリスクを評価するのは、金融機関のリスク管理の重要な要素の1つです。

 2つ目は客の側面。顧客が願っていることが変わりつつあると感じています。銀行や証券会社、保険を選ぶ際、その会社がどんな姿勢でビジネスに臨んでいるかを重要な要素と考える客が増えています。客に選んでもらう取り組みが、金融機関にとっても重要になっています。

 3つ目はESG投資の主流化の側面。世界全体の資本市場に入るお金のうち、機関投資家がESGを重視して投資する金額は非常に増えています。金融機関も大半は株式会社ですから、資本市場で選ばれ支持される存在であることが不可欠です。

 金融機関が合理的な経営をする上でリスクは実在し、客の選考や投資家のお金の動きも現実にあるわけです。昔はESGと言うと思想信条のように考える人が多かったですが、現在は客観的なビジネスの重要な要素として、金融機関の経営の観点から必要になっていると思います。

対話でTCFD開示を改善

客の変化を氷見野氏も感じますか。

氷見野 感じます。金融機関の経営者と話をしていても、以前は環境NGOなどの活動家に責められるからという受け止め方が多かったです。その次は、IR(投資家向け広報)のため欧米の投資家に話に行くとESGの話ばかり聞かされるという感じになってきました。19年ぐらいからでしょうか、自分のお客さんに選んでもらうためにはESGが大事だと話す人が増えました。

企業は気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言に基づく情報開示が求められています。企業が情報を開示する重要性は何ですか。金融庁はどんな開示を望んでいますか。

氷見野 気候変動対策で社会の移行を進めるアプローチには2つあります。1つは政府が取り組みを判別し、欧州連合(EU)のタクソノミーではないですが、「これはグリーン、これはブラウン」と判別する方法。政府の資金も含め国の力で資源の配分を変えていく方法です。もう1つは市場の力を借りる方法。企業が気候変動による財務上のリスクを開示し、それを見て投資家は投資判断を行う、銀行は融資のリスク評価で考慮する。それが価格に反映され、資本の流れを変える方法です。

 私はなるべく市場の力を活用できる仕組みがよいと考えています。その基礎となるのは開示ですので、金融庁もTCFDの普及について経済産業省、環境省、経団連などと共にTCFDコンソーシアムに参加し、投資家と企業の議論の場を作っています。投資家から見て最も役立つ情報へと改善することが望ましく、議論しながらベストプラクティスをつくり上げるのがよいと思っています。

氷見野氏はTCFDを設立した金融安定理事会(FSB)の委員会の議長もしています。国際ルールを作る場で日本から発信する際のポイントはありますか。

氷見野 FSBの規制監督常設委員会の議長をしています。FSBの気候変動への取り組みは2つあり、1つはTCFDを支援する役割。もう1つは気候変動が金融システムの安定にどんな影響を与えるかの分析です。

 私は日本を代表する立場として、TCFD賛同機関が310(20年10月13日時点)と世界一多いことなどを発信しています。TCFDの議論は相当積み重ねられてきたため、にわか勉強ではアピールが難しく、「日本ならこの人」という人をつくらないといけません。金融庁では池田賢志をチーフ・サステナブルファイナンス・オフィサー(CSO)に任命し、通常1~2年で変わる役所のポストとは別にCSOを継続して蓄積や人脈を築き、発信してもらっています。