酒井 耕一/日経ESG 発行人

人的資本、自然資本など企業活動に関わる事項を「資本」と呼び、開示する動きも広まる。何でも「資本」とする発想は、経営の非効率をさらし、“会社解散”につながりかねない。

 「あなたの会社の資本金はいくらですか?」

 こんな質問を受けて、すぐに答えられないにしても、自社のサイトを見たり、会社概要を探したりすれば、その額は見つかるだろう。

 資本には金額があり、会社は資本金を元手に事業活動をして売上高や利益を拡大していく。

 最近、資本という言葉を巡り、人的資本や自然資本、社会資本などという用語が多く使われている。企業活動は水や森林といった自然の恵みを使い、そこに働く人材があってこそ成り立つのだから、自然も人材も立派な「資本」であるという考えに立つ。

 それはその通りだが、水や森林は「資源」であり、企業が保有していればそれは「資産」として金額評価できる。人材についても、企業を支えているのは間違いないが、研修費を使えば「支出」であり、特許などは「知的資産」と呼べる。どうして何から何まで「資本」と呼ぶようになっているのか。

 背景にはESGの浸透に伴う「非財務」の発想がある。人的資本で言えば、貴重な従業員を人件費として「費用」扱いするのではなく、企業価値を高める「資産」として教育研修などで投資すべきであるという考えだ。

 それ自体に異議はないが、やたらと「資本」とつけることで、かえって企業にも人材にも悲しい末路を生むのではないかと思ってしまう。

 実際に識者からは早速、そうした指摘が出ている。

 経済学者のケイト・ラワース氏は著書『ドーナツ経済学が世界を救う』の中で、自然資本について「なんでも名前をつければいいというものではない」と批判する。