「外圧」ではなく「価値」に

 こうした柳CFOとの対話に実際に臨んだのが、東京海上アセットマネジメント責任投資部長の菊池勝也氏だ。菊池氏は、「エンゲージメントにおいて、ESGの取り組みが企業価値にどう結び付いているのかという議論が足りていない。エーザイの取り組みは、企業と投資家でこうした議論を深めるきっかけになる」と評価する。

 東京海上アセットをはじめとする長期投資家の関心は、いかに継続的に企業価値を生み出せるかにある。その価値の源泉は、人材育成や研究開発といった人的資本への投資に他ならない。これまで多くの日本企業は、ESGを「外圧」や「コスト」として捉え、どう対応するのかに力を入れてきた。今後は、ESGの取り組みがどのように企業価値に結び付いているのかを具体的に示していくフェーズに入る。

 課題もある。エーザイの実証について菊池氏は、「ESGとPBRの相関の強さを調べたものであり、因果関係と言えるかどうかまでは判断できない。サンプル数が十分かなど、更なる検証が必要だろう」と話す。

 また、同様の取り組みを実践するには、長期的に一貫したデータの取得が必要となる。社内に散らばるESGデータを収集するための組織体制や情報基盤の整備も必要となるだろう。ESG経営の進化は、DXが鍵を握っている。

1万件のデータで将来予測

 今回、エーザイがESGの取り組みと企業価値との相関を分析するために用いたデータは1万件に上った。こうなると人手での計算には限界がある。そこでデータ分析を買って出たのが、アビームコンサルティングP&T Digitalビジネスユニットの今野愛美マネージャーだ。同社は、ESGデータの分析システム「Digital ESG Platform」を構築しており、このシステムを活用したESGコンサルティングを2019年半ばから開始していた。

 実践したのは、回帰分析と呼ばれる統計分析の手法だ。回帰分析は、データの組み合わせの相関の強さを調べることができる。エーザイ柳氏の計算モデルを使い、「人件費」「女性管理職比率」といったESGに関する88種類のデータを用意し、企業価値を表すPBRとの相関を調べた。

 具体的には、「ESGの取り組みが何年後にPBRに反映するのか」を調べていった。ESGのデータを平均12年分用意し、28年分のPBRと照合。例えば、2000年の人件費に注目し、同年のPBRとの相関はどの程度か、01年のPBRとの相関はどの程度か、02年の…という具合に、ESGデータとPBRを1年ずつずらして相関の強さを調べていった。

 ただ、実際のPBRはESGの取り組み以外にも影響を受ける。PBRに大きく影響を与える要素の1つが、ROE(自己資本利益率)である。そこで、ROEの影響を排除したPBRとESGの相関性を調べた。データをシステムに投入して計算させた結果、いくつかの組み合わせで統計的に有意と認められた。

 アビームでは、今回得られたデータ分析のノウハウを、ESGデータの収集、分析、可視化するサービスに生かしていきたい考えだ。分析結果を、企業の経営戦略、情報開示、IR戦略などの助言につなげていく。

 新型コロナウイルスの影響でDXの本格導入を検討する企業が増え、企業からの引き合いが増えているという。今野氏は、「ESGの見えない企業価値を把握するには、ESGに関する一貫したデータの収集や保持のノウハウが必要となる。DXを駆使した“デジタルESG経営”が求められる」と話す。