聞き手/斎藤 正一(日経ESG経営フォーラム事務局長)

東京の不動産開発を主軸に、再開発や物件供給とサービス提供の両面で事業を進める。「社会課題の解決」と「企業としての成長」の両立で次世代のデベロッパーを目指す。

2030年頃を見据えた長期ビジョンで、「次世代デベロッパーへ」という方向性を打ち出しました。

野村 均(のむら・ひとし)
野村 均(のむら・ひとし)
東京建物 代表取締役社長執行役員
1981年早稲田大学商学部卒業後、東京建物入社。2008年取締役 ビル企画部長、11年常務取締役 ビル事業本部長、13年取締役常務執行役員 ビル事業本部長兼関西・札幌・九州・名古屋支店担当、15年取締役専務執行役員 人事部・企画部・総務コンプライアンス部担当。17年より現職(写真:大槻 純一)

野村 均 氏(以下、敬称略) 東京建物は21年10月1日に創立125年を迎えました。日本の総合不動産の中では最も歴史のある企業です。これまで125年にわたって事業を続けることができたのは、時代の要請に応え、社会課題の解決に寄与してきたからだと思っています。

 これから社会が大きく変化する中で、私たちも環境や人権といった様々な社会課題に取り組み、社会との共有価値を創出していけるように変わっていく必要があります。

長期ビジョンで目指す30年頃に、どのような企業になることを目指していますか。

野村 30年頃には、現在手がけている再開発プロジェクトが続々と竣工する予定です。東京駅の東側のエリア(八重洲・日本橋・京橋)では、当社を含め多くの再開発プロジェクトが進んでいます。これからの10年で街自体が様変わりするはずです。このエリアの不動産価値も大きく高まるでしょう。当社の事業形態やポートフォリオも変わるため、30年頃を目標に据えて、長期ビジョンと中期経営計画を策定しました。

 東京建物は東京を中心にした不動産開発が事業の根幹です。「デベロッパー」という言葉には不動産などを開発するハード面だけではなく、サービスなどソフト面の提供も含みます。ハードとソフトの両面で、より良い建物やサービスを提供できるグループになることを目指しています。

 08年のリーマンショックを経て、多くの外資系金融機関がアジアの拠点を東京から他都市に移しました。東京は国際都市として、シンガポールや香港、上海などアジアの各都市との競争を勝ち抜いていかなければいけません。1企業にできることは限られますが、東京の国際的な地位を高めるプロジェクトを進めるデベロッパーであり続けたいと考えています。