ある男性は揚げ物の調理の準備をしているとき、顔などに大きなやけどを負った。皮膚移植の手術を繰り返し、やけど跡が残る自分を受け入れようと努めるなか、医師を通じて「ライフクオリティ メイクアップ」を勧められた。男性は、最初は化粧をすることに抵抗を感じたものの、試してみると「元の自分を取り戻した」ような安心感を抱くようになり、次第に笑顔が増えたという。

 男性が変化していく様子に、 「化粧は装うだけではなく、健やかに日々を過ごすためにも大きな力を持つと感じた」と、横山氏は振り返る。

 こうした人の悩みに応えるため、専門のコンサルタントが化粧の仕方を伝えている。この活動に関わることで、自身の仕事にさらに誇りを持つようになったという。「商品を通じてお客様に勇気や自信、幸せを届ける企業だと実感できるようだ」と同室室長の本多由紀氏は指摘する。

笑顔で過ごせる社会を築く

 資生堂は、理想とする社会像「リスペクトフル ソサエティ」を描き、社会課題の解決に取り組んでいる。具体的には、「ジェンダーギャップ」の解決をはじめ、すべての人々が活躍できる社会、自分らしく生きがいをもって暮らせる社会を目指し、「美の力」で人々をエンパワー(後押し)する。「ライフクオリティ メイクアップ」はこの1つだ。

 17年には、がんと共に生きる人たちと協力した活動を始めた。単に抗がん剤の副作用による肌の悩みに、商品で対応するだけではない。厚生労働省によれば、がんは日本人の2人に1人がかかる身近な病気だ。その患者らが、笑顔で生活できる社会の実現を目指す。

 資生堂は、電通、キャンサーネットジャパンとすべてのがんのシンボルカラーであるラベンダー色をテーマとする「ラベンダーリング」活動をしている。がん患者が、ポジティブに「自分らしく生きよう」としていることを、社会に発信している。

「ラベンダーリング」活動の一環として、がん患者の「自分らしく生きよう」というメッセージをポスターで表現し、広く発信した(写真:資生堂)
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 19年には2月4日の世界がんデーに、がんを抱えながらポジティブに生きる「がんサバイバー」がイベントに集った。資生堂専属メークアップアーティストが参加者にメークを施し、プロのフォトグラファーがその人らしい、生き生きとした表情を撮影した。参加者それぞれの「ライフストーリー」を写真と共に広く発信した。20年には10月24、25日にオンラインで開催し、約80人のがんサバイバーがオンラインでメーク指導を受けた。なかには自撮りした写真をSNSに投稿するなどして「がんになっても笑顔で過ごせる社会」を築く重要性を伝えた。

 現在、「パーフェクトカバー」シリーズの利益は商品開発に活かしている。「独立した事業として自立するのが目標」と本多氏は話す。これからは商品を必要とする人との接点を増やす考えだ。現在は全国にあるカウンセリング店舗などのほか、皮膚移植を手がける大学病院などで医師から患者に推薦している。今後はさらに接点を増やすため、ドラッグストアやNPOなど異業種とも協力する。

 肌の悩みに向き合い、商品を必要とする人は世界で1億人を見込む。既に「ライフクオリティ メイクアップ」の活動拠点は中国や台湾、シンガポールに広がる。戦後から数多くの肌の悩みに対応し、化粧を通じて人々にどのような変化が起こるかを見守ってきた資生堂の経験と蓄積が、世界で生かされようとしている。