2021年3月号の特集は、「事業再編、意思決定、取締役会を変える 自己変異ガバナンス」。新型コロナウイルス感染症の影響を受け、大胆な事業再編が始まった。未来を見据えた成長のために、市場の変化を見越して素早く意思決定をすることがガバナンスの一丁目一番地。自ら変革する「自己変異ガバナンス」が不可欠だ。

 ディスプレーに映された外国人が、日本人の社長と指名委員会委員長に挟まれて、自己紹介を始めた。そして語る。「社員と一丸となり、栄誉ある企業をさらなる成功へと導いていきたい」。

 2020年10月23日、三菱ケミカルホールディングスが、ベルギー出身のジョンマーク・ギルソン氏を次期社長に据える人事を発表した。21年4月1日付で越智仁社長は退任する。同社が社外から外国人の社長を招くのは初めてだ。150年の歴史を持つ名門財閥の中核企業を、外国人がかじ取りする。社内やグループ企業に衝撃が走った。

三菱ケミカルホールディングスは、新社長にジョンマーク・ギルソン氏を招き、改革を託す。現社長の越智仁氏(左)、新社長のジョンマーク・ギルソン氏(中央)、 社外取締役で指名委員会委員長の橋本孝之氏(右)(写真:三菱ケミカルホールディングス)
三菱ケミカルホールディングスは、新社長にジョンマーク・ギルソン氏を招き、改革を託す。現社長の越智仁氏(左)、新社長のジョンマーク・ギルソン氏(中央)、 社外取締役で指名委員会委員長の橋本孝之氏(右)(写真:三菱ケミカルホールディングス)

 環境重視の機運が高まるなか、化学メーカーは、化石資源の使用抑制と省エネルギーにつながる高付加価値製品が求められている。新型コロナウイルスの影響は長期化が予想され、ヘルスケアやライフサイエンスといった成長分野への投資も不可欠だ。同社が20年2月に発表した長期ビジョンでは、温室効果ガス低減、炭素循環、医療進化などの6分野を成長事業と位置付けた。売上高に占めるこれらの分野の割合を、現在の約25%から30年度までに70%超に引き上げたい考えだ。

 三菱ケミカルHDは売上高こそ3兆5000億円を超える国内トップの総合化学メーカーだが、時価総額は1兆円前後にとどまる。投資家の期待を示すPBR(株価純資産倍率)は、米ダウ・ケミカルが2.7倍、独BASFが1.5倍なのに対して三菱ケミカルHDは0.9倍と、世界の競合と比べて劣る。ポートフォリオ改革が後手に回った結果、不採算事業を持ち続け、成長の見込めない事業が多く残った。こうした市場の評価が、現在の株価に反映されている。

 なぜ日本企業は、事業ポートフォリオ改革ができないのか。そこには、日本の経営者が抱えるジレンマがある。

 日本企業は、現場の発言力が強い。事業所や工場の現場からは、「きっと新製品が売れる」「従業員が奮闘している」「あと1年待ってほしい」という声が上がる。現場でたたき上げられた経営者の脳裏に、奮闘する社員の光景が浮かぶ。そして、大ナタを振るう手が止まる。

 問題を抱える事業が、自分を指名した顧問や相談役が開始した事業ということもあるだろう。こうした場合も、事業撤退の決断に遠慮が働く。その結果、過度な拡大志向と安定志向が残ったままになっていく。

 あえて現場を経験していない、しがらみのない外国人をホールディングスの社長に据え、より客観的かつ冷静に事業再編の判断を下す。三菱ケミカルHDの人事の真意は、ここにある。