2つ目は「外圧」だ。EUを中心に、カーボンプライスの水準に差がある国からの輸入品に対し、国境での調整措置を検討する動きがある。「炭素国境調整措置(CBAM)」と呼ぶ仕組みだ。日本エネルギー経済研究所の柳美樹研究主幹によれば、「気候変動対策が厳しい国が、対策が不十分な国からの輸入品に対し税関が炭素税を課すなどして、国内における国産品の競争力を守ることが目的」だ。また、「輸出品に対し税を還付するなどして輸出先での競争力を損なわないようにすることもある」(同)。

 欧州委員会は19年12月、CBAMの導入検討を発表。今年6月までに制度の詳細を提案し、23年までの導入を目指す。背景には、EUの製造業に対する気候変動政策の強化がある。輸入品との競争条件を公平にするため、産業界が導入を求めた。

 問題は、日本の産業に不利益になる恐れがあることだ。「日本のカーボンプライスは安いというのが国際的な認識」(早大・有村教授)になっている。

「クレジット争奪戦」始まる

 3つ目は、世界的なESG投資やESG経営の拡大に伴い、自主的にカーボンニュートラルを宣言する企業が世界で増えたからだ。これらの企業は効率的に目標を達成するため、「クレジット」の活用を進めている。

 クレジットは、排出量取引の1つの形態だ。国連や政府、民間が運営するクレジットがあるが、企業が自主的(ボランタリー)に使うクレジットは、19年に世界で約1億t、約320億円相当が取引された。クレジット取引に詳しいみずほリサーチ&テクノロジーズの内藤秀治コンサルタントは「グローバル企業によるボランタリークレジット市場が拡大している。既にクレジットは争奪戦の様相だ」と話す。

 背景には、カーボンニュートラルなどの意欲的な温室効果ガス削減目標を掲げる企業が増えたことがある。「省エネや再エネの活用だけで排出ゼロを実現するのは限界がある。削減努力を講じてもどうしても残る排出を相殺し、目標達成するため、クレジットの活用は当面の現実的な手法と考えられている」(同)。

 米マイクロソフトは森林によるクレジット109万tの他、大気直接回収(DAC)によるクレジットを1400t調達するなどしている。英蘭ロイヤル・ダッチ・シェルは世界で実施される植林や森林保全で発行されるクレジットを調達し、液化天然ガス(LNG)とセットにした「カーボンニュートラルLNG」を、世界の意欲的な目標を掲げる企業に販売している。元イングランド銀行総裁のマーク・カーニー氏は、クレジット市場を30年までに15倍以上にすべきと提言している。

 日本企業がクレジット調達にこれ以上、出遅れると、安価で質の良いクレジットを欧米企業が総取りし、日本は高値のものを買うしかなくなるリスクがある。

 国際的なボランタリークレジットの他、日本独自の「J-クレジット」、再エネや原子力発電など非化石電力の価値を売買できる「非化石証書」がある。これらの取引市場拡大は、議論の当面の着地点としてあり得るだろう。新型コロナウイルス感染拡大による経済停滞からの回復を目指す今、新たな負担の恐れを企業や国民に抱かせる制度より、企業の自主的な取り組み支援のほうが受け入れられやすい。

 ただ、「脱炭素ビジネスの成功には、カーボンプライシングも有効と気づいた企業が増えた」と、みずほリサーチ&テクノロジーズの柴田昌彦次長は指摘する。気候関連財務情報タスクフォース(TCFD)によるシナリオ分析でカーボンプライシング導入に対する事業の耐性と、脱炭素投資が有利になることを多くの経営者が認識した。別の政府関係者も経営者の変化を感じ取り「中長期で脱炭素技術の普及のために、導入に踏み切る検討も必要になる」と話す。

 首相宣言と外圧、経営者の意識変化で、日本でもカーボンプライシング導入の可能性が高まりつつある。

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21年4月8日発行の「日経ESG」の最新号(2021年5月号)では、カーボンプライシングの最新動向に加えて、識者のインタビューを掲載しています。