それにしても、当初、ツイッターの経営陣だけではなく、同社の創業者で取締役でもあるジャック・ドーシー氏、さらに大株主であるサウジアラビアの王族らはそろって反対姿勢を示していた。それが短期間で一転したのはなぜか。答えは、マスク氏の「最高で最後の提案」という言葉にあるだろう。マスク氏はツイッターの株価に38%のプレミアム(付加価値)を付けて、買い上げると提案した。結論として、これ以上にツイッターの価値を高められる人物や企業が一切なかったということだ。経営陣や大株主を含めて「今、38%高く売ったほうがいい」と判断したことになる。

 冒頭で、東芝の再建劇とのスピード差を指摘したが、このスピード買収劇の波はいずれ日本に押し寄せることになるだろう。実は、こうした形の買収劇が日本の大手企業で初めて成立したのはわずか3年前の2019年のこと。伊藤忠商事によるデサントのTOB(株式公開買い付け)による買収だった。それまでTOBなどの買収提案には、「乗っ取り」とか「敵対的」などと激しい批判が起きた。だが、この以後、ニトリホールディングスによる島忠、エイチ・ツー・オーリテイリング(H2O)による関西スーパー、アパレル大手のアダストリアによる外食のゼットンなど続々とTOBによる買収が成立している。1つの企業を巡って買収企業が競い合うことも増えている。

TOB成立の陰に年金不足への不安

 ではなぜ初の事例が19年だったのか。この年、金融庁が発行した報告書で、“年金2000万円問題”が話題になったのは記憶に新しい。2000万円問題とは、人生100年時代を想定した際に、退職後に年金を受け取っても、生活費が2000万円ほど不足するという意味だが、これが社会に大きな衝撃を与えた。筆者は19年のこの社会現象が個人投資家や年金基金などの機関投資家の行動に影響を与え、それ以降のTOB成立の要因となったとみている。

 TOBの良いところは、公開価格で一定期間、株式を買い付ける点。TOBの宣言が出てから、対象企業の株式を買って、公開価格で売って利益を出すこともできる。「利益を確実に今、得られる」のだ。その意味で「現在価値」が高い。“年金2000万円問題”が衝撃を与えた遠因には日本の成長が減速し、年金支給の原資となる税金が減り、また株式運用の成果が期待を下回るといった不安が含まれている。であれば、保有株式を売れば利益を確定できる買収提案は魅力が高いと映る。

 日本企業の経営を巡っては「長期的な成長」や「中期計画」という言葉で「長い目で見守ってほしい」というメッセージを発することが多い。これまでは投資家も短期的な業績や株価よりも「将来の果実」を期待して、応援してきた面がある。しかし、5兆円規模の買収劇が2週間で成立したことで潮目は確実に変わっている。今や新型コロナウイルス禍やロシア・ウクライナ情勢などにより「先が見通せない」と感じている人々は多いはずだ。

 研究開発や設備投資の成果は数年後でなければ表れない。その意味で長期的成長の考えは大切だが、同時に今生み出している「現在価値」は何か。投資家に丁寧に説明することもより大切になる。TOB提案を受けてから、自社の伝統や文化、また独自の強さを訴えて、防衛策に走る時代は終わりに向かっている。