企業の環境対策を評価するCDPの「気候変動Aリスト(最高評価)」の認定をはじめ、GPIFのすべてのESGインデックスの銘柄に選定されるなどESG先進企業として知られる味の素が、経営の在り方を大きく変えようとしている。その象徴がグループビジョンの一新だ。
 これまでは「先端バイオ・ファイン技術が先導する、確かなグローバル・スペシャリティ食品企業グループを目指す」を掲げてきた。しかし、2020年8月に発行した最新の統合報告書では「アミノ酸のはたらきで食習慣や高齢化に伴う食と健康の課題を解決し、人びとのウェルネスを共創します」を2030年に目指す姿として示している。「規模の成長から質の成長」へと目標を変更した理由をサステナビリティ担当役員の森島千佳氏に聞いた。

規模のKPIを捨てる

森島千佳(もりしま・ちか)氏 味の素執行役員。同社の2本柱である食品、アミノサイエンスの両事業を10数年ずつ経験してきた。2020年4月にできたサステナビリティ推進部を担当し、ESGのうち主にEとSの活動を推進する(写真:味の素)
森島千佳(もりしま・ちか)氏 味の素執行役員。同社の2本柱である食品、アミノサイエンスの両事業を10数年ずつ経験してきた。2020年4月にできたサステナビリティ推進部を担当し、ESGのうち主にEとSの活動を推進する(写真:味の素)

ビジョンを改定した理由は何でしょうか。

森島 前の中期経営計画(2017―19年度)では「グローバルトップ10を目指す」ことを前面に打ち出していました。結果として未達に終わりましたが、規模の成長を追おうとすると、短期的な売り上げを重視するPL(損益計算書)思考に陥りやすくなります。中長期の成長という視点で将来あるべき姿からバックキャスティングして考える姿勢がどんどん弱くなっていきます。そのことへの大きな反省があります。企業文化や仕事の仕方も含めてすべて変えなければいけないと考えました。

中計の目標が未達だったからビジョンを変えたのですか。

森島 数値的に未達だったことよりも、中長期で成長できる質の会社になっていないことが課題だという認識が強かったと思います。数年前から「パーパス」が注目を集めるようになりました。社会にどのようなよいインパクトを与えられるのか、どういう存在意義があるのかが企業にとってより重要になってきています。パーパスと中長期の成長は重なります。今回の中計(2020―25年度)では、「ASV(Ajinomoto Group Shared Value)経営」をベースに30年からバックキャスティングしてビジョンを設定し、経営計画を作りました。

ベースになるASV経営とは何でしょうか。

森島 味の素はアミノ酸で1908年に始まった会社で、「おいしく食べて健康づくり」が創業の志です。日本人の栄養状態をよくしたい、体格をよくしたいという池田菊苗の思いから研究が始まってうまみ成分を発見し、その思いに鈴木三郎助が共鳴して商品が生まれました。その創業の思いは脈々と続いています。この考え方はまさしくCSV(共有価値の創造)と共通します。社会課題の解決と事業で利益を得ることをしっかり重ねていこうと、2014年の中計から味の素版のCSVとしてASV経営を取り入れました。

「あえて規模のKPI(重要業績評価指標)を捨てました」など統合報告書のトップメッセージには、規模から質への変革への強い意志が示されています。新中計では、「ROIC(投下資本利益率)」「オーガニック成長率(為替変動やM&Aなどの影響を除いた売上高成長率)」「重点事業売上高比率」「従業員エンゲージメントスコア」「単価成長率」の5つをKPIとして掲げています。売上高や利益などの規模の指標を示さないことに、社内の納得は得られたのでしょうか。

森島 全従業員がROIC経営を「自分ごと化」できるように、社長と各現場との対話を合計50回以上実施しました。新中計に関する従業員からの質問にすべて社長が答えています。国内の社長対話はほぼ一巡し、食品事業本部とアミノサイエンス事業本部では事業本部長と現場の対話が始まっています。新型コロナの影響で社長が国内にいる時間が長かったこともありますが、当社では初めてのことです。

社長が企業文化を本気で変えようとしている象徴的な事例ですね。