仕事をつらく苦しいものと捉えるステレオタイプの認識は、なぜ形成されるのか。人々が働く喜びを得るために必要な要素を考える。

 産業医を20年続ける中で、ずっと私が違和感を覚えてきたこと。それは、仕事に意味を感じたり、仕事を通じて成長や学びを得たりしながらも、多くの人が仕事を「苦役」と捉え、それが社会通念となっていることです。

 世界的な心理学者チクセントミハイ氏は、仕事と余暇、それぞれの日に人々がフロー状態に入る時間がどのくらいあるか、実態調査を実施しています。ここで言うフローとは、自分の能力を発揮して、創意の喜びや何らかの満足を感じている状態です。

 働く時間(この研究では実際に働いていたのは勤務時間の4分の3で、残り4分の1は世間話や個人的な作業をしていた)のうち、55%がフロー状態、19%がアパシー状態でした。アパシーとは、ボンヤリして無関心、受動的、退屈な精神状態を指します。

 この割合は業種や職級によっても異なりますが、平均して仕事時間の約半分の間、人々はフロー状態になっていました。これに対して余暇の日は、フローに入る時間はたった18%で、52%がアパシー状態だったのです。

 チクセントミハイ氏によれば、人々は気持ちよく働いている時でさえ働いていない時の方が好きで、仕事への動機付けは低く、より多くの余暇を求め続けます。そして、そのことをフロー理論における「仕事の逆説」と呼びました。

 人々は直接的な経験の質をほとんど無視して、代わりに「仕事とは苦役であるはずだ」という根強い文化的ステレオタイプに基づく前提を信じています。

 チクセントミハイ氏はその主な理由として、他者からのやらされ感と、仕事に対する3つの不満(変化と挑戦の欠如、職場での他者との摩擦、高過ぎる負荷)を挙げています。

働く喜びの要素間にギャップ

 本連載の第8回で紹介した通り、人の幸せや喜びの分類では、「行為に没頭する幸せ(主に大脳が関係)」と「意味を感じる幸せ(前頭葉)」や「人間関係の幸せ(主に情動脳)」は別です。フロー状態は、「行為に没頭する幸せ」の最たるものです。仕事は、その瞬間、瞬間を抽出して分析すると、フロー状態の時間が多くあります。行為に没頭する幸せという観点から見れば、仕事は余暇以上に人に喜びをもたらします。

 しかし、例えば人間関係の摩擦や、業務上の利害調整などが自己防衛の意識を強く誘発すると、その経験は全体として避けるべきネガティブなものとして「意味付け」されます。ネガティブな要素はポジティブな要素に比べて2~3倍、情動や記憶に強く影響することが分かっています。

 これが積み重なると、仕事は苦役であるという固定観念(スキーマ)が形成されていきます。スキーマとは、過去の経験や外部環境に関する知識の集合によって形成された信念を指します。うつ病や不安神経症の治療では、個人のスキーマを変えることが目標となるケースが多くあります。

 人の情動や認知の仕方は伝播するため、「仕事は苦役」という人々の感覚は社会通念となっていきます。このような固定観念が強くなると、仕事への向き合い方がネガティブになり、仕事に集中できずフロー状態にもなりにくい悪循環に陥ってしまいます。

■ 過去の経験は振り返った時の意味付けで記憶される
■ 過去の経験は振り返った時の意味付けで記憶される
意味と行為の喜びの波動を表したイメージ図。活動の瞬間、瞬間ではフロー状態に入っていても(行為の喜び)、それを振り返った時の意味付け(意味の喜び、価値系)が、その経験への評価として記憶されていく。行為そのものが阻害されて仕事の喜びが得られない場合もある