社員の活力を高め、企業と社会を発展させるための経営戦略として取り組むのが健康経営だ。社員が「本来の健康」を目指し、試行錯誤しながら取り組んだ事例を紹介する。
世界保健機構(WHO)では、「健康とは、単に病気でないとか弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態をいう(日本WHO協会訳)」と定義しています。原文では、この状態を「wellbeing(ウェルビーイング)」と表記しています。
米国の統合医療学会ではもっと踏み込んで、「単に身体的に健康な状態だけでなく、情動的な安定、明晰な思考、愛する能力、創造性、変化への順応、洞察的な直感、精神性の維持、これらすべてを網羅するものである」としています。健康とは本来、生き生きしている、活力の高い状態を指すのです。
とはいえ、健康経営の取り組みというと、ほとんど反射的に、病気でないこと、健診結果に異常がないことを目指しているのではないでしょうか。
病気予防施策の限界
2020年10月、全国的に実施されている、いわゆる「メタボ検診」は効果が薄いとする研究結果が公表されました。日本人7万5000人の大規模分析において、肥満や脳卒中・心筋梗塞などのリスク要因の改善は認められなかったのです。
研究を手掛けた福間真悟・京都大学特定准教授は、「メタボ健診は毎年約2800万人が受けており、年間数百億円以上がかけられているが、費用に見合った効果が得られていない。制度の改善が必要だ」と話しています。これが企業の経営なら、施策は失敗と言わざるを得ません。
それでは、病気にならないことを目的とした取り組みではなく、人が生き生きする、本来の健康の定義に近づく取り組みとは具体的にどのようなものでしょうか。一例を紹介しましょう。
丸井グループは16年に、全社横断プロジェクトとして「ウェルネス経営推進プロジェクト」を立ち上げました。「手挙げ方式」で毎年2~5倍の選抜を勝ち残った積極的な社員が40~50人、全国から毎月集まる1期1年間の活動です。

(写真:丸井グループ)
このプロジェクトでは、基本的な健康の知識や健康生成論(※)、ポジティブ心理学などを学びます。そのうえで、本人の主体性に基づき、数人ずつのチームに分かれます。そして人々の活力を高める取り組みを、社員自ら試行錯誤しながら企画・実践してきました。
全て社員の発案により、リモートワーク中の心身をほぐすストレッチ動画の制作・配信や、新入社員と働く意味感をオンラインで語り合う取り組みなどを実施しました。20年はコロナ禍ということもあり、社内にとどまらず広く社会を対象に活動しました。
※世界的に著名な医療社会学者アーロン・アントノフスキー教授が提唱した理論。病気を引き起こす要因ではなく、人間の健康とウェルビーイングを支える要因に焦点を当てたアプローチを記述している。