多くの組織で、従業員の意識は権威ある人への忖度(そんたく)や、組織内の根回しに使われている。意識を目的に向け、自分の本質的な願望を実現できる文化を創ることが、しあわせな社会の源である。

 「成功に必要なことをあえてひとつ述べるとすれば、それは『常に目標や願望について考える』ということに尽きると思います。なぜなら私たちの人生は、私たちの『思考』で作られているからです」。万有引力の法則を発見したアイザック・ニュートンの言葉です。

 人間の意識にはキャパシティーがあります。有限な「意識のハコ」に本当の願望を入れるのか、人からどう見られるかを気にする思考を入れるのかは、自分次第です。企業で長く産業医をしていると、「私はあの上司から嫌われているのではないか」といった思考でハコを埋めてしまい、意識を浪費する人を多く見かけます。

 世界的な心理学者M・チクセントミハイによれば、自分を防衛する意識には生物学的な防衛と、社会的立場を守る防衛の大きく2種類あります。後者の代表的なものが「自意識」です。自分が他人にどう見られているかを気にすることです。ロバート・フリッツ(※1)は、「自意識が邪魔をしなくなれば、人々は本当に大切なことにフォーカスして人生を送ることができる」と述べています。

意識の浪費はダブルパンチ

 意識のハコを何で埋めるかには、文化的な要素も関係します。米国の文化人類学者エドワード・ホールは、「ハイコンテクスト文化とローコンテクスト文化」の存在を指摘しました。コンテクストには文脈や背景という意味があります。

 ハイコンテクスト文化とは、話す言葉に行間の意味や裏の意図が含まれているなど、言外でコミュニケーションを取る文化のことです。これに対して、言葉そのものによってコミュニケーションを取る文化が、ローコンテクスト文化です。日本は「空気を読む」ことが重視されるハイコンテクスト文化です。多くを語らず、俳句や茶道など、そぎ落とされた美と調和を生み出します。

 しかし複雑な社会では、他人が口に出さない裏の意図や表情を読むことに意識を浪費することにもなります。物事1つ決めるにも、権威者に忖度したり、組織内で根回ししたりする手間がかかります。その結果、意思決定にスピードを要する現代において、米国のようなローコンテクスト文化の国に遅れを取ってしまうのです。

 こうした意識の浪費は精神的な負担も強いるため、メンタル不調を引き起こす場合もあります。毎日、周囲の人の気持ちをうかがうことに意識を浪費し、振り回されてしまうのです。全国の産業医500人のアンケート調査(※2)によると、働く人のメンタル不調の原因第1位は「職場の人間関係」でした。自意識とハイコンテクスト文化のダブルパンチで意識のハコを埋めてしまえば、本当に達成したい目的に振り向けるための意識は、わずかしか残りません。

 それではこのダブルパンチを、どう乗り越えればよいのでしょうか。

※1 『学習する組織』の著者ピーター・センゲのメンターとしても有名な経営コンサルタント
※2 産業保健支援サービスなどを手掛けるMediplat(東京都中央区)による2019年の調査