変化の激しい複雑な社会において、失敗することなく進化し続けるのは難しい。失敗から学びを得る文化を醸成するには、人間の自然な反応を超える仕組みが必要だ。

 「失敗から学べ」とはよく聞く言葉ですが、言うは易し。そうした姿勢を組織に浸透させるのは簡単なことではありません。

 これは医師の世界でも同様です。2013年、「Journal of Patient Safety(患者安全ジャーナル)」に掲載された論文では、回避可能な医療過誤による死亡者数は米国内だけで年間40万人以上に上ると算出されています(※)。

 ジョンズ・ホプキンス大学医学部のピーター・プロノボスト教授は、14年夏の米上院公聴会で、この数について次のように発言しました。

 「ボーイング747機が毎日2機、事故を起こしているようなものです。回避可能な医療過誤がこれだけの頻度で起こっている事実を黙認することは許されません」

 なぜそれほど失敗が繰り返されるのか。世界保健機関(WHO)は1万2000種類以上の疾患を分類しており、それぞれに対処法が異なり複雑なこともあるでしょう。

 しかし、本当の原因はもっと深いところ、人や組織における「失敗との付き合い方」にあるのではないでしょうか。

人は自分を守ろうとする

 誰でも、自分の失敗を認めるのは難しいものです。何かミスをして、自尊心や職業意識が脅かされると、私たちはつい頑なになります。社会には、人々の「非難の心理」が渦巻きます。失敗を目にすると人はその経緯よりも、「誰の責任か」の追及に気を取られる傾向があります。

 どれだけ複雑な要素が絡む出来事でも、物事を単純化して捉えるのは、人間の一般的な認知傾向です。だから、自分が矢面に立たないように失敗を隠したり、なるべく広く知られないようにしたりします。組織や社会システムの進化に欠かせない貴重な情報源を、活用することのないまま葬り去ってしまうのです。

 さらに皮肉な状況もあります。研究によれば人は失敗を恐れるあまり、しばしば曖昧なゴールを設定します。たとえ達成できなくても非難されにくいからです。失敗する前から、自分の面目を失わずに済むように逃げ場を用意してしまうのです。他人から自分を守るばかりでなく、自分自身からも守るために。

自然な反応を超えるために

 集団社会の中で失敗が怖いと思うのは、人間の自然な感情です。だからこそ、個人の善意だけに頼るのではなく、当事者にとって「失敗を隠すより報告して皆の学びにつなげる方が、自分にとっても利益になる」と認識される構造をつくることが必要だと思います。

 「失敗の科学」を著したマシュー・サイドの研究によれば、失敗から学ぶ文化の醸成には2つの要素が必要です。1つ目はシステム。失敗を学習のチャンスとして、多くの人が最大限生かすシステムづくりです。2つ目は教育です。良いシステムを導入しても、中で働く社員が失敗に際して適切な行動をしなければ機能しません。

 何かミスが起こったとき、「担当者の不注意だ!」「怠慢だ!」と真っ先に非難が始まる他罰的な組織や、ここぞとばかりバッシングする社会は、失敗を隠す行動を、わざわざ導いているようなものです。

 罰で人を動かすことは自己保身を誘導し、小さなミスを隠すことから始まる不正行為の連鎖にもつながります。企業が信頼を大きく失墜させる事例は、しばしばこのようにして始まります。

※医療過誤には術後合併症や床ずれなど、適切な医療によって回避できた事象を含みます