日本人の真面目さや勤勉さ、意志の強さは、間違いなく日本の発展を支えてきた。しかし、歯を食いしばって耐える仕事の仕方一辺倒ではイノベーションを起こすのは難しい。

意志力の「再定義」

 「意志」という言葉を辞書で引くと、「困難や反対があっても最後までやり抜こうという積極的な心の持ち方」とあります(※)。日本人の真面目さや勤勉さ、すなわち、目的に向かって努力する意志の力は、日本の経済発展の原動力となってきました。

 意志力の研究としては「マシュマロ・テスト」が有名です。米スタンフォード大学などで教鞭をとった心理学者のウォルター・ミシェル氏が1960~70年代にかけて行った自制心に関する実験です。

 当時は今より貴重だったマシュマロを幼児の目の前に置き、大人が部屋を出てから戻って来るまでの15分間、食べずに待つことができたら、ご褒美にもう1つマシュマロをもらえるというもの。我慢できずに食べてしまった子もいれば、待つことができた子もいました。待てた子供の多くは、ただじっと耐えるのではなく、待っている間に歌を歌ったり、数を数えたりしていました。

 そしてこの実験後、20年以上にわたって被検者の追跡調査が実施されました。その結果、15分間待てた子供は、待てなかった子供に比べて、大学進学適性試験(SAT)の平均点が210点も高かったほか、ストレス対処能力が高く、対人関係の面でも健全に成長していました。同じく幼児期に実施される知能指数(IQ)テストよりも的確に将来の学業成績を予測したといわれます。

 家庭の経済状況が子供の学歴に影響するという、現代では明確なバイアス要素が当時の分析では排除されていなかったとの批判はあるものの、この実験が画期的だったのは、意志力の「再定義」をしたことです。

 ミシェル氏はこう言っています。「意志力とは、歯を食いしばって誘惑に耐えることではなく、その逆である。意志力とは『耐える』のではなく、『関心を戦略的に配置する』能力のことである。満足を先延ばしできた子供は、『自分の意志力が限られたものである』ことを理解していた」

「好き」や「夢中」の力

 経営において人的資本が重視される中、働く人々の内発的モチベーション(心の内側から湧くやる気)の向上への関心が高まっています。内発的モチベーションの主な源として、「ゴールリワード」、「プロセスリワード」、「自律性」と呼ばれる要素があります。

 ゴールリワードとは、ゴール(目的)達成の喜びです。先に述べた意志力は、ゴールリワードにつながります。プロセスリワードは、仕事の過程(プロセス)における、能力向上の喜びや、活動そのものの楽しさ、フロー状態(夢中になって活動に没頭している状態。喜びや学びが大きく最適経験と呼ばれる)などがこれに当たります。自律性は、自分で物事を選び取る、自己選択を指します。

 論語に、「知之者不如好之者、好之者不如樂之者」という孔子の言葉があります。これは、「天才は努力する者に勝てず、努力する者は楽しむ者には勝てない」という意味になります。前半部分は、努力は才能に勝るということを表しており、これはマシュマロ・テストで示される意志力が、IQテストよりも将来の学業成績を的確に反映していた結果とも符合します。後半部分は、元陸上競技選手の為末大さんが「努力は夢中に勝てない」という言葉でよく紹介されています。

※ 『新明解国語辞典』(三省堂)