睡眠不足が、「適応的知性」にも大きな影響があることはあまり知られていない。睡眠時間が少ない日本では、事業変革の隠れたボトルネックになる恐れがある。

ワクチン効果が損なわれる

 睡眠不足によって免疫力が下がることはよく知られていますが、予防接種の効果も減弱することが複数の研究で分かっています。

 例えばB型肝炎の予防接種では、ワクチン接種後1週間の1晩当たりの睡眠時間が6時間未満の場合、血液中の抗体産生が著しく低く、ウイルスに感染すると保護されない確率が7倍になると報告されています。また、大学生を対象に行われたA型肝炎ワクチンの実験では、睡眠をとった群に比べ、予防接種当日に断眠(徹夜)した群は、4週間後の血中抗体濃度が約半分だったと報告されています(※)。

 現在、当社でも新型コロナウイルスの職域ワクチン接種が進んでいます。このワクチンの研究はまだ始まったばかりですが、新型コロナの免疫効果も、接種当日や接種後当面の期間の睡眠状態による影響を受けている可能性があります。

リーダーこそ睡眠が必要

 組織のリーダーは多忙です。そのため睡眠不足に気を付けてと言われても、「ああ、健康の話ね」と捉える方が多くいます。

 長年企業の産業医をしていると、睡眠不足が仕事の能力、ましてや「適応的知性(前回紹介した、変化や困難に対応する能力)」などとは関係がないと思っている方が多いと感じます。適応的知性には脳の前頭葉機能が大きく関係しますが、ここは睡眠不足の影響を最も受けやすい脳の部位なのです。

 経済協力開発機構(OECD)加盟国の15~64歳の平均睡眠時間の調査(2018年)によれば、先進7カ国のうち最も睡眠時間が短い国が日本です。労働生産性の国際比較を見ると、先進7カ国で最も時間当たりの生産性が低いのも、やはり日本です。

 単純には論じられないものの、国際データからは「睡眠時間の短さ」と「労働生産性の低さ」は無関係ではないと思います。睡眠時間が十分でない状態では、事業の変革など、複雑な状況に対する思考力が落ちるからです。それでは、どのくらいの睡眠時間であれば十分と言えるのでしょうか。

 厚生労働省の研究班は、「睡眠障害対処 12の指針」をまとめています。これによると、「睡眠時間は人それぞれ、日中の眠気で困らなければ十分(8時間にこだわらない)、歳をとると必要な睡眠時間は短くなる」とされています。たしかに、睡眠時間にこだわり過ぎて神経質になる必要はありません。

 しかしここで注意したいのは、この指針は「睡眠障害の防止」が目的である点です。「適応的知性の向上」が重要な組織のリーダーには、ベストの心掛けが求められます。

※ ロバート・スティックゴールド(べス・イスラエル・ディーコネス医療センター、睡眠・認知センター所長、ハーバード大学医学部准教授)著、別冊日経サイエンスNo.218