身体の欠乏状態に耐える断食は、精神的な文化の1つでもある。しかし、脳へのエネルギー供給を怠れば、ここぞという時の判断力は著しく低下する。

 日本では、「食事や睡眠を削って一生懸命働くのが立派」と捉える風潮が、いまだに残っているように思います。前回は睡眠について取り上げましたが、今回は食事が適応的知性(変化や困難に対応する能力)に及ぼす影響を見ていきます。

 心理学者でノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン博士は、世界的ベストセラーとなった著書「ファスト&スロー」で、次の実験を紹介しています。

 イスラエルの刑務所での仮釈放審査は却下が前提で、許可率は平均35%だそうです。しかし8人の判定人の食事休憩「直後」の許可率は65%と、判断が寛容になっていました。一方、次の休憩までの2時間の間に許可率は一貫して下がり、食事休憩「直前」にはほぼ0%となり、判断が厳しくなっていました(下の図)。

■ 仮釈放審査における食事休憩と許可率の実験結果
■ 仮釈放審査における食事休憩と許可率の実験結果
仮釈放審査での許可率は、判定人の食事休憩「直後」に高くなり、その後、時間の経過とと もに下がっていき、食事休憩「直前」にはほぼ0になっている
(出所:Extraneous factors in judicial decisions Shai Danziger, Jonathan Levav, and Liora Avnaim-Pesso Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 2011)

 カーネマン博士は、疲れて空腹になった判定人たちは、申請を却下するという「安易な初期設定」に回帰しがちだと述べています。

 血糖値が下がると、脳の最高中枢である前頭葉に供給されるエネルギーが減り、無意識のうちに次の傾向が表れます。

 将来を見通して判断する力が落ちる。他者への認知的な共感力が落ちる。創造性が発揮できない。集中できない。イライラして攻撃的な言葉遣いをする。利己的な選択をする。忍耐力が落ち、ギブアップの衝動が起こる。

 こうした状態を「自我消耗(EgoDepletion)」と言います。自我消耗に陥ると適応的知性が著しく落ちます。睡眠不足が重なれば自我消耗はさらに悪化します。

最高の結果を出すために

 プロのテニス選手が試合の合間にバナナを食べたり、将棋のプロ棋士が対戦前に甘いものを食べたりするのを見たことがあるでしょうか。あれは、お腹がすいたから食べているのではありません。重要な局面で極度の緊張状態にある時に、食欲などわきません。最高の力を発揮して「勝つために」食べているのです。プロのアスリートは最上目的を達成するため、決定的な場面では押し込んででも食べるトレーニングを受けています。そして、ここぞという時に食べるのです(下の写真)。

パフォーマンスを上げるために、押し込んででも食べる。写真は、2020年1月31日に開催されたテニス全豪オープン男子シングルス準決勝でのドミニク・ティエム選手(オーストリア)<br><span class="fontSizeS">(写真:AFP/アフロ)</span>
パフォーマンスを上げるために、押し込んででも食べる。写真は、2020年1月31日に開催されたテニス全豪オープン男子シングルス準決勝でのドミニク・ティエム選手(オーストリア)
(写真:AFP/アフロ)