幸福な社員は幸福でない社員よりも創造性が3倍高く、生産性も1.3倍高い。不確実性が高まる中で企業が生き残るためには「ウェルネス」な社員が欠かせない。

 「なぜ産業医の先生が経営に関わるようになったのですか?」。私が社外で講演をすると必ず聞かれる質問です。

 本連載では、人と組織の活性化について、企業の執行役員であり、専属産業医でもある、私の2つの立場から見えてくることをお話ししたいと思います。キーワードは「しあわせ」と「ウェルネス」です。最近は「ウェルビーイング」という言葉を聞く機会も増えています。不確実性の高い時代により良く生きるために欠かせない考え方です。

 連載第1回では、なぜ私が人と組織の活性化に注力するようになったのか、約20年の産業医としての経験を振り返りながらお話ししていきます。

青井社長との対話が転機に

 「産業医」と聞くと、具合の悪い社員を診る存在と思われているかもしれません。もちろんそれも大切な役目です。しかし意外と知られていないことですが、全国全ての医学部ではカリキュラムの多くの時間を、人間の心身が機能する基本的な仕組みや構造を学ぶことに費やします。内科などの専門分野を決めるのは、医師国家試験に合格した後です。

 医師は「病気対処屋さん」だけではありません。社員の心身の活力を高めることに医学は貢献できるのです。特段の有害環境がない職場において、産業医が担える大きな役割とは、健康を通じた人と組織の活性化ではないかと思いました。そこで医師になった後も、産業医を続けながら大学院に入り、人と組織の活性化についてさらに学びました。

 メーカーの産業医を約10年務め、丸井グループの専属産業医になったのは2011年のことです。現在は、産業医であると同時にウェルネス推進部(20年4月に健康推進部から改称)の部長として、「ウェルネス経営」を推進しています。今の役割を担うようになった決定的な分岐点は、着任1年後に青井浩社長とお話ししたことだったように思います。

 通常、産業医が経営者と直接会って話す機会はほとんどありません。私も入社当時はそうでした。なぜ私が青井社長とお話しすることになったのか。それは、私がまとめたあるリポートが人事担当役員の目に留まり、30分だけ社長にその内容を伝える時間が取られたからでした。

 企業は毎月の安全衛生委員会に産業医を出席させることが法律で定められています。当時私は、丸井の店舗や事業所を毎月20カ所以上訪問していました。すると店舗によって、職場の空気が違うことに気が付きました。例えば、社員数が2000人いるような大型店では職場での挨拶もなく、やや殺伐とした印象でした。一方、社員数が100人に満たない小型店は声を掛け合うアットホームな雰囲気。そこで横断的に事業所を訪問した印象と、メンタルヘルス不調者数などのデータを組み合わせたリポートを作りました。

 ところが、いざ青井社長に会って報告するとリポートへのコメントはなく、しばし沈黙が流れました。不安になってきた時、社長から一言。「小島先生の活動のゴールは何ですか?」と聞かれたのです。