その頃、丸井グループは業績回復の途上にありました。経営危機を抜け出すため、社長は原点に立ち返って自社の価値を確認するところから始めようと、多くの社員に人生の目標や生きがいを聞いていたのです。

 私にとって、実はこれこそが聞いてほしい問いでした。何年間もずっと、産業医の存在意義とは何かを考え続けてきたからです。青井社長の問いかけに対して、「私は医師として、健康を通じた人と組織の活性化をしたいのです」と、強い思いをお話ししました。すると、社長の表情にみるみる血が通っていくのが分かりました。

 「私は社員がフローに入れる会社をつくりたいんです」。青井社長からは、笑顔でこんな答えが返ってきました。フロー状態というのは、人が我を忘れて何かに没頭している状態です。「最適経験」とも言われ、人が最も学びを得て充実感を感じられる状態です。私もフロー状態が人と組織の活性化の1つの鍵と考え、研究していたので、話が一気に盛り上がりました。社長との対話は、気付けば1時間を超えていました。

 あのとき、「社員の不調に対応すること」と答えていたら、ウェルネス経営の旗振り役を任されることはなかったと思います。

自ら考え行動できる社員に

 さて、では今なぜウェルネスやウェルビーイングが経営上注目されているのでしょうか。それは、VUCA(Volatility=変動性、Uncertainty=不確実性、Complexity=複雑性、Ambiguity=曖昧性、の頭文字を取った造語)の時代と言われるように不確実な世の中になり、社員一人ひとりが自ら考えて行動するようにならなければ企業は生き残れなくなってきたからだと思います。

 米イリノイ大学の研究では、幸福な社員は幸福でない社員よりも創造性が3倍高く、生産性が1.3倍高いことが分かっています。

 「ウェルネス」の言葉の定義はいくつかありますが、1960年代に米国の医師が「輝くように生き生きしている状態」としたのが最初だそうです。当社では2013年から「女性ウェルネスリーダー」という女性の健康を支援する担当者を各事業所に置いており、社員になじみのある言葉だったので「ウェルネス経営」と呼んでいますが、目指す目的はウェルビーイングと同じ。一人ひとりがより良く生きられる人・組織・社会をつくることです。

 企業はこれまでの延長線では生き残れなくなってきた今、イノベーションが必要です。イノベーションを生むのは創造性であり、それを発揮できるウェルネス、ウェルビーイングな人を増やすことが大切です。そういう取り組みをしている企業は、働く側にも魅力的に映ります。

 経済産業省が就活生とその親に実施した2018年のアンケートでは、就職先の選定基準として「従業員の健康や働き方に配慮している」を挙げる人が最も多いことが分かりました。給与水準や雇用の安定で選ぶ時代ではなくなっているのです。

■ 就職先の選定基準
■ 就職先の選定基準
就活生(1399人)と、就職を控えた子を持つ親(1000人)を対象に実施したアンケート結果から一部抜粋。就活生には「将来、どのような企業に就職したいか」、親には「どのような企業に就職させたいか」を尋ねた(複数回答)
(出所:「『健康経営銘柄2018』及び『健康経営優良法人(大規模法人)2018』に向けて」(経済産業省))

 人材の確保にも大きく関わるウェルネスやウェルビーイングの重要性を企業も認識しつつあります。多くの企業が健康経営をうたっているのはその表れですが、適切に理解されていない面も見受けられます。次回から、詳しくお話ししていきます。