外薗 祐理子(日経エコロジー)

企業価値に資本効率や技術革新とともにサステナビリティ(持続可能性)を据える。目に見えない価値を定量化し、独自の「MOS指標」を策定、経営に組み込む。

 2014年5月13日、三菱ケミカルホールディングスは約1000億円を投じて、産業ガス大手の大陽日酸を買収すると発表した。現在の出資比率は27%だが、年内にも51%を上限に過半数の株式を取得する。買収により、三菱ケミカルは米国でのシェールガス関連需要の取り込みを強化する。

 両社の売上高を単純合計すれば4兆円を超え、世界の化学メーカーで売上高10位から7位に浮上する。

資本業務提携関係の強化を発表した三菱ケミカルホールディングスの小林喜光社長(左)と大陽日酸の田辺信司社長

 この大型M&A(合併・買収)の背景には三菱ケミカル独自の価値判断がある。田中良治・常務執行役員・経営戦略室長はこう言う。

 「当社は “KAITEKI”を実現するため、サステナビリティ(環境・資源)、ヘルス(健康)、コンフォート(快適)を企業活動の判断基準としている。大陽日酸はあらゆる産業に欠かせないガスを製造しており、社会のサステナビリティに貢献している。買収により当社の“KAITEKI価値”を大きくできると判断した」

 1000億円規模のM&Aという大勝負を仕掛けるうえで根拠となった「KAITEKI」とは、一体何なのか。

KAITEKIは「快適」より深い

 2007年に社長に就任した小林喜光社長がこの言葉の産みの親だ。「当社は三菱化学、田辺三菱製薬、三菱樹脂、三菱レイヨンを傘下に持ち、事業は多岐にわたる。『何の会社か』と聞かれれば、『KAITEKI』を提供する会社だと答える」というのが小林社長の考えである。人にとっての心地よさに加えて、社会にとっての快適さや地球の持続可能性も考慮した概念という。同社は「快適」よりももっと大きくて深いコンセプトと捉え、ローマ字で表記する。

 定量化するツールとして、2010年12月、独自に策定した「MOS指標」を発表した。大手電機メーカーなど、MOS指標について教えてほしいという他社からの依頼は多い。

 コンセプトを実現するための経営手法が「KAITEKI経営」である。これは3つの価値軸に時間軸を加えた4軸から成るため、同社は「4次元経営」とも表現する。営業利益やROE(株主資本利益率)など経済的な価値を高めるMOE(マネジメント・オブ・エコノミクス)、効率的かつ継続的に技術革新を起こすためのMOT(マネジメント・オブ・テクノロジー)といった従来から重視してきた経営の価値軸に加えて、新たにMOS(マネジメント・オブ・サステナビリティ)を合わせて3つとした。人や社会、地球のサステナビリティの向上を目指す経営のことだ。

 理学博士号を持つ小林社長らしく、3つの関係は数学的に表現されている。MOE、MOT、MOSの各軸は直交し、空間を成している。KAITEKI価値は3つの価値のマネジメントから生み出される企業価値のベクトルである。「ベクトル」と表現するのは、長さだけではなく向きも重要と考えるためだ。

 同社によれば、3つの価値のバランスが大切である。これらは相互にプラスの影響を与え合うこともあるが、相反する場合もある。例えば短期的な利益を増やすために、研究開発予算やサステナビリティのための費用を削る企業もある。だが、どれか1つでもゼロやマイナスがあれば、全体の価値はゼロになるというのが同社の考えだ。

 これら3つの価値は、それを捉える時間軸も異なる。MOEは四半期や年次で見るが、MOTは数十年単位、MOSに至っては100年単位で考える必要がある。従って、自社の経営を3次元空間に「時間」を加えた「4次元経営」と呼ぶわけだ。

独自の経営手法「MOS」を加え、3つの価値を追求する