斎藤 正一(日経BP環境経営フォーラム事務局長)

勤務していた大手都銀の合併を機に、産廃処理会社に転職した。経営企画室長として、企業ブランドの構築を担う。

山崎 禎泰(やまざき・さだひろ)
エコ計画ホールディングス執行役員経営企画室長
1963年奈良県生まれ。86年東京大学法学部卒、メガバンク勤務を経て 2006年エコ計画入社、2008年同社取締役経営企画室長、2014年から現職

 メガバンクから産廃処理会社に転職した異色の経歴を持つ。取材の冒頭、この件について質問したが、「経営に直結した立場で仕事をしているので、やりがいがあります」と笑顔で答えた。東大法学部を卒業し大手都銀に入行、都心の支店や本部の管理部門で長く働いた。転機は、2000年代初頭、大手都銀のメガバンクへの再編だ。「1つの企業で定年まで勤め上げることが必ずしも幸せな人生ではない」。この再編の中で仕事に対する価値観が大きく変わった。

 それまで産廃業界との接点はなかったが、エコ計画に就職した同じメガバンクの先輩の紹介で42歳のときに転職した。産廃業界に対する抵抗はなかった。それよりも、「大手信用調査会社が下した財務面での高い評価が魅力だった」と振り返る。

 飛び込んだ会社は、会議のための資料作りにエネルギーを使っていた前職とは、正反対の世界だった。配属された経営企画室は、トップ直属の部門で新規事業の対外交渉や企業ブランドの構築などを担当した。入社してすぐに、エコ計画が新規事業として取り組んでいた群馬県川場温泉の旅館の土地取得や社有林の購入、新しい最終処分場の土地取得などの重要案件を次々に任された。

 営業では、難しさと面白さを体験した。銀行マン時代は名刺で仕事ができた面もあったが、新しい職場では素の人間性が試されたからだ。旅館の新館建設に関わる土地購入では約20人の地権者を一軒一軒訪ねて回った。当初は反対が多かったが、旅館が地域の活性化に貢献することを粘り強く伝え、4年かけて土地の買収に成功した。最後まで反対していた地権者には、山崎さんの誠実な人柄を認めた地権者の奥さんが説得役に回ってくれたという。

 「企業ブランドを構築するために森を持ちたい」とのオーナーの意向で高崎市内に約1000haの山林を購入したときは、山林の価格がどのように決まるかから調べ上げた。森林認証の取得を考えたが、人脈をたどって取得にこぎつけるまでに4年の歳月を要した。しかし、こうした苦労が実り、近隣のバイオマス計画と連携するなどして、この森林が企業ブランドの向上に寄与し始めている。

 金融業界から産廃業界に転身して8年半が過ぎた。エコ計画は、産廃業界では先進的な中間処理施設が排出事業者の信頼を得ており、ブランドが確立している。今後は他業界での知名度を高めるために、「優良企業とのネットワーク作りに力を入れたい」と語る。旅館業も営む同社は、環境と食を通じて地域社会へ貢献するとの意味を込めて企業理念に「心の産業グループ」を掲げる。社会に対してどのように企業ブランドを定着させ、向上させていくか、山崎さんの忙しい日々はまだまだ続きそうだ。