斎藤 正一(日経BP環境経営フォーラム事務局長)

町の9割を占める森林を産業化し、過疎の町が生まれ変わった。町政の中心人物の一人は、先人の思いを町づくりに生かす。

春日 隆司(かすが・たかし)
下川町 環境未来都市推進本部長
1954年北海道生まれ。77年拓殖大学政経学部卒業、下川町入庁。95年、米モンタナ州立大学留学、2002~07年、下川町ふるさと開発振興公社クラスター推進部長、2012年から現職

 北海道・旭川市から車で約2時間、人口約3500人の町が全国から注目を集めている。2013年は1200人の行政・企業関係者が視察に訪れた。これだけ脚光を浴びるのは、町の約9割を占める森林を産業化し、過疎の町を再生したためだ。森から切り出した木材を町内で加工し、樹皮や葉、間伐材までも使い切る。国も2008年に環境モデル都市、2011年に環境未来都市、2013年にバイオマス産業都市に次々と指定し、大きな期待を寄せる。

 環境未来都市推進本部長の春日さんは、町長の命を受けて町の戦略立案から、その実現までを担う。町の中心人物の一人だ。人との出会いが多ければ町づくりのチャンスが増えると考え、この1年間で出張は約100日、その7割は東京だったと話す。「常に相手のメリットを考える」姿勢が評価され、全国に春日ファンと名乗る人は少なくない。

 26歳のとき、下川町の開発審議室長だった原田四郎氏との出会いが行政マンとしての原点になった。後に町長として今の下川町の礎を築いた原田氏の下で働いたことで、「森づくりを町づくりの基本に置き産業を育成することの大切さ、一過性のイベントではなく雇用を産み出すなど継続して取り組むことの重要さを学んだ」。40歳のときに米モンタナ州立大学にも留学した。全体的資源管理を学んだが最も影響を受けたのは、「一部分が最適であっても、全体が最適でなければ社会問題が起きる」というシステム思考法だったという。同時に産業優先ではなく、産業、社会、環境が調和したところに良質な生活があることを知った。

 こうした体験は、2002年に出向した第3セクターの「下川町ふるさと開発振興公社」で花開いた。町のシンクタンクの役割を果たした同公社のクラスター推進部長を務めた5年間で、バイオマスエネルギーや森林認証、CO2の排出権売買、新たな産業の創造などを次々に提案し、実践していった。この間の取り組みが、その後の環境モデル都市や環境未来都市などのプラン作りに生かされた。

 現在、春日さんは地域の資源である木質バイオマスを最大限に使って町をエネルギー面で自立させる取り組みに力を入れる。2013年、一の橋集落に、給湯・暖房はすべて木質バイオマスボイラーから供給し、電力の一部を太陽光発電によって賄う集住化エリアを造った。今後、町では10年間に地域内エネルギーの自給で、森林林業関係の雇用を約40%増やす目標を掲げる。

 町づくりに対する原田前町長の思いを春日さんが受け継いだように、次の世代にいかに引き継ぐかがこれからの課題だ。「30年先、50年先、世界の中の下川として価値ある町にしたい」と語る。