聞き手/田中 太郎(日経エコロジー編集長)

天然資源の枯渇が予測される中、静脈資源の存在感が高まっている。静脈市場の特性に合わせて法体系を抜本的に変える時が来ている。

細田 衛士(ほそだ・えいじ)
1953年生まれ。77年慶應義塾大学経済学部卒業、同大学経済学部助手、助教授を経て94年より現職。理論経済学、環境経済学専攻。著書に『グッズとバッズの経済学』他
写真/鈴木 愛子

――循環型社会形成推進基本法などが成立し、「循環型社会元年」といわれた2000年から15年が経過しました。これまでの進展をどのように見ていますか。

細田衛士氏(以下、敬称略) 日本の廃棄物・リサイクル政策は、ゴミを減らすことには成功したと思います。リサイクルが進んで最終処分量が減り、最終処分場の枯渇も大きな問題にはなっていません。最近では、企業や家庭からのゴミの排出量も減っています。4億tを超えていた産業廃棄物は3億8000万tほどになり、5000万tを超えていた一般廃棄物も4500万tを切るまでになりました。

――確かにゴミの削減は進んでいます。

細田 これからは中身を見なければなりません。着眼点はいくつかありますが、最も重要なことは、静脈資源が本当に有効利用されているかです。例えは、有用金属を多く含んだ廃電気・電子製品が十分に回収されず、資源として循環していません。また、発展途上国など海外に流出しているケースも少なくありません。

次世代技術のために必要な資源循環

――2015年2月に発行された著作『資源の循環利用とはなにか バッズをグッズに変える新しい経済システム』は、これからの資源循環の考え方を示しています。

細田 書籍にも書きましたが、2012年5月にカナダにある露天掘りの銅鉱山を視察する機会を得ました。現地に到着してまず目を奪われたのは、採掘した後に捨てられた鉱山残さ、いわゆるズリが壁のようにそそり立った光景です。しかし、それ以上に驚いたのは、鉱床の銅の含有率がたった0.3%しかないと説明を受けたことでした。残りの99.7%はズリとして捨てられているのです。これほど低品位な鉱山が開発されているという事実は、天然資源が枯渇に向かっていることの象徴でしょう。

 一方で、天然資源を素材や製品として使用した後、リサイクルなどで有効利用できないものは、廃棄物として処分する必要があります。しかし、廃棄物の捨て場所である埋め立て処分場を設置できる土地には限りがあり、ある意味で処分スペースも枯渇性資源だと言えます。天然資源の採掘という「入り口」とともに、埋め立て処分する「出口」でも資源は枯渇しつつある。これを「二重の資源問題」と呼んでいます。

――先ほど指摘されたように、日本の場合は出口の資源問題は以前より改善されています。ほとんどの天然資源を輸入に頼っている日本にとって、静脈資源をいかに有効利用するかがより大きな課題です。

細田 そうです。例えば、次世代のエコカーとして水素で走る燃料電池車の普及を官民挙げて進めています。そのこと自体は日本の未来にとってとても大切です。しかし、水素の製造や利用に欠かせない白金やパラジウムなどの希少金属(レアメタル)をどのように確保するのか。資源問題まで含めて考えなくてはなりません。さらに言えば、カナダの銅鉱山の例に見るように、銅などのベースメタルも長期的には枯渇していきます。レアメタルやベースメタルを豊富に含む廃電気・電子機器などの静脈資源の効率的なリサイクルは、これまで以上に重要になっています。