斎藤 正一(日経BP環境経営フォーラム事務局長)

米国と香港の駐在の他、北米、アジア、欧州の営業を担当した。欧米で環境規制と向き合った経験を環境推進室の仕事に生かす。

濱中 淳一(はまなか・じゅんいち)
1962年東京都生まれ。87年慶應義塾大学文学部卒業、同年富士重工業入社。主に北米・アジア・欧州の営業を担当、2011年からスバルオブ香港プレジデント、2015年4月より現職

 入社後、その大半を海外営業に関わる仕事に携わってきた。香港駐在から戻り、2015年1月に環境推進室配属となった。室長には4月に就任したばかりだ。初めての環境の仕事は戸惑いも多いのではと質問すると、「欧米で営業をしていた時はいつも環境規制と向き合ってきた。その本丸の部署で仕事ができるのでやりがいを感じる」との答えが返ってきた。

 富士重の環境推進室は自動車リサイクルと全社の環境保全を活動の2本柱にする。この部署で働き始めて新鮮だったのは、営業の最前線で競争を繰り広げるライバルメーカーが、リサイクルに関しては協力して取り組んでいることだ。2015年3月後半、日欧の自動車工業会が情報交換する会議に、アジアの新興国の関係者を招いた。日本や欧州連合(EU)の自動車リサイクル法や規制の情報を、現在、法律の整備を進める新興国に提供するのが目的の1つだった。

 海外営業では、米国と香港の駐在の他に北米、アジア、欧州の営業を担当した。「担当している市場のことを深く知りたい」との思いで仕事に向き合ったと振り返る。20代後半から5年間の米国駐在では、現地の人達とできるだけ行動を共にし、彼らの考えを吸収しようと努めた。食事を共にする機会も多く最初の2年間で10kgも太ったそうだ。当時からカリフォルニア州の厳しい環境規制と向き合った。販売マーケティングとともに配車も担当していたため、カリフォルニア州並みの環境規制を採用する州と、そこまで規制が厳しくない州でどのように複数の車種を割り振るかなどに苦労した。

 2010年に母校である慶應義塾大学の教育プログラム「福沢諭吉記念文明塾」に参加したことが転機になった。社会人と学生が集まって未来のために何ができるかを考えるプログラムで、濱中さんのチームは「グリーンツーリズム支援による地域活性化」というテーマで政策を提言した。文明塾では各界の一線で活躍する人達と議論する機会もあり大きな刺激を受けた。「3カ月間だったが集中的に取り組んだことで視野が広がり、現在の仕事に柔軟に取り組む下地ができた」と話す。

 2011年から3年間の香港駐在では、現地の市場を深く知るだけでなく、「海外から日本を見る」視点の大切さに気付いた。東日本大震災後、香港の人達が復興支援に協力する姿などを目の当たりにし、日本を改めて考えるようになった。日本と海外を複眼的に見る思考を身に付けたということなのだろう。

 海外経験豊富な新室長の誕生に社内の環境担当者の期待も高い。濱中さんも、「環境は世界規模の話なので、日本のことだけを考えればよいというものではない。多くの国を見てきた自分の経験が生かせるのではないかと感じている」と意欲を示す。