斎藤 正一(日経BP環境経営フォーラム事務局長)

ビールの営業マンや支店長として全国各地の歓楽街を担当した。北海道に社会貢献担当として赴任、CSRの原点となる活動をした。

梅里 俊彦(うめざと・としひこ)
1962年長崎県出身、84年九州大学経済学部卒業、同年サッポロビール入社、 広島支店を振り出しに営業畑を歩む。2007年北海道本社営業部長、2014年より現職

 生粋のビール会社の営業マンなのだろう。人なつっこい笑顔だけではない。巧みな話術で、いつの間にか話に何度も引き込まれてしまった。

 広島支店を振り出しに営業畑を歩いた。入社3年目、東京都江東区での営業が原点だと語る。大規模団地などを回る中で、「営業は商品の力以上に人と人との関係がものをいう。『商品を売る前に自分を売れ』との基本を学んだ」。

 その後は、札幌、福岡、名古屋、仙台と現場の担当や支店長として全国各地を回った。本人いわく、「福岡の中洲、札幌のすすきの、名古屋の錦三丁目、仙台の国分町など全国の歓楽街を担当した」と話す。業務用酒販店の担当者と人間関係を築くために、平日の夜、一緒に飲むのはもちろんのこと、週末は趣味のゴルフに誘いコースを回ったという。

 大きな転機は2007年に訪れる。サッポロビールは、その前年に北海道により貢献する会社になろうと「北海道サッポロビール」というスローガンを作っていた。その具現化のために、送られたのが梅里さんだった。北海道本社営業部長の肩書だったが、営業ではなく社会貢献を担当した。

 なれ親しんだビールが売れないのだから、さぞや困ったことだろう。しかし、ここで営業マンとしての経験が生きた。「とりあえず誰かにぶつかってみよう」との気持ちで、北海道庁の14の出先機関を回り、特徴のある自治体を把握することから始めた。努力が実り、下川町など4町の森づくりを支援する「森林づくりパートナーズ基本協定」の調印などにつながった。毎年、さっぽろ夏祭りでサッポロライオンとともに開いていたビヤガーデンでは、道内各地の食材を使った特別メニューを出すことで地域振興に一役買った。「私のCSRの原点であり、ビジネスマンとしての転換点になった」と振り返る。

 北海道での活動が評価され、東日本大震災の翌年、東北本部東北未来プロジェクト担当部長として仙台に転勤し、被災地の復興担当として汗を流した。

 2014年から本社に戻り、コーポレートコミュニケーション部長を務める。2017年4月からはCSR部門も担当し、「CSR重点課題と4つの約束」をまとめた。「『酒・食・飲』による潤いの提供」「社会との共栄」「環境保全」「個性かがやく人財の輩出」を4つの約束とした。この下に地球温暖化防止や健康経営など11の小項目を作った。現在、この小項目をSDGsの17目標にひも付けながら、今春、公表するアクションプランに落とし込んでいるところだ。

 「サッポログループの活動すべてがCSRにつながっていることを、まずは社内に浸透させたい」。力強い言葉には、北海道でゼロからCSR活動を築き上げた自信が感じられた。