聞き手/田中 太郎(日経エコロジー編集長)

本社機能の一部を開発・製造拠点が集中する富山県黒部市に移転する。同時に、電力を極力使わないパッシブな暮らしを提案する街の開発を進める。

𠮷田 忠裕(よしだ・ただひろ)
1947年富山県魚津市生まれ。69年慶応義塾大学法学部卒業、72年ノースウエスタン大学経営学修士課程修了(MBA取得)、吉田工業(現YKK)入社。93年に社長に就任後、94年に社名をYKKに変更。2011年から現職
写真/江田 健一

――本社機能の移転が注目を集めています。新本社ビル「YKK80ビル」(東京・秋葉原)に社員が入居しきれなかったことが直接のきっかけだそうですね。

𠮷田 忠裕氏(以下、敬称略) 北陸新幹線の開通によって非常に短時間で東京から、開発・製造拠点である黒部市にお客さんをお連れすることができるようになり、なるべく来ていただこうという気持ちが強くなりました。加えて石井隆一・富山県知事から、せっかく新幹線の駅(黒部宇奈月温泉駅)ができるのだから学校や研究所のようなものを造ってくれないかと頼まれました。それを受けて、2016年4月に開設したのがYKK AP R&Dセンターです。

 一方、2015年6月に東京の新本社ができて問題だったのは、キャパシティが700人ぐらいしかなかったことです。その時点で本社周辺には1500人ぐらいいました。とても入りきらないので、それならなるべく多く黒部に来たらいいのではないかと。人事異動などで細かい人数は刻々と変わるのですが、YKKとYKK AP合わせて230人と言っています。

――新幹線で50分のところに軽井沢のアウトレットがあり、30分で金沢にも行ける。黒部での生活の便利さをアピールしています。

東京都千代田区に本社を置く一方で、富山県黒部市に開発型製造拠点を集中させ、本社機能の一部を移転する。写真左は東京本社の「YKK80ビル」、右は2016年3月に開設したYKK APRのR&Dセンター

𠮷田 機会がある度にその話をしています。私の原体験の中に地方に本社がある企業の良いイメージがあります。私は米国に住んでいたこともあるし、海外の企業を訪問する機会も多いです。それなりに名のあるメーカーはニューヨークのど真ん中に本社があるわけではなく、事業の発祥の地であったり、開発の中心になる拠点を大事にしています。そうすると、地方なんです。

 米国で学生をしていた時に夏休みにデュポンで働いたこともありますが、デラウェア州のウィルミントンにある本社を見てすごいなと思いました。最近では、ワールド・マーケティング・サミット・ジャパンのスポンサーを一緒にしているネスレもスイスの山の中に本社を構えています。首都のど真ん中に本社が集まっているのは日本ぐらいでしょう。本社機能の地方移転は本当はできるはずだと思っています。特にファスナー事業のYKKは世界71カ国で展開しているので、本社の場所にそれほどこだわる必要がありません。むしろ黒部にある開発型工場に来てもらう方がいいと考えています。

――仕事の面から見て地方で働く良さは何ですか。

𠮷田 開発者を例にすると、じっくりと開発するために集中できる環境が必要です。その一方で、開発には情報も必要になります。今ならばインターネットもあるし、新幹線でさっと行って人に会うのもいいでしょう。自分が動きやすい環境が一番いいのです。