斎藤 正一(日経BP環境経営フォーラム事務局長)

社会人1年目に過労で倒れ「環境の仕事をしよう」と決めた。東日本大震災後の原発事故で社会的使命の大きさを実感した。

柴田 充(しばた・みつる)
1969年埼玉県出身、93年東京農工大学農学部環境保護学科卒、2001年、現KPMGあずさサステナビリティ入社、2007年日本コカ・コーラ入社後、労働安全衛生・環境部門一筋、2013年から現職

 情熱をもって環境の仕事について語る姿がとても印象的だ。小学校5年生の時に「中国のパンダが絶滅の危機にある」とのテレビ番組を見た。「500円をWWF(世界自然保護基金)に寄付したところ、パンダからお礼の手紙が届き自然保護に目覚めた」と笑顔で語る。

 「環境を学べるから」と東京農工大に入学し、光化学スモッグが森林に与える影響を研究した。卒業と同時に大手住宅メーカーに就職するが、1年目の終わりに過労で倒れ人生を見つめ直した。初めて死を意識した時、「これからの人生は好きな環境を仕事にしよう」と思ったという。その後、朝日監査法人環境部(現・KPMGあずさサステナビリティ)に入り、コンサルタントとして企業の環境ビジョンの作成やISO14001の構築などに汗を流した。

 この時の縁で2007年に日本コカ・コーラに入り、労働安全衛生・環境部門一筋で過ごしてきた。入社後は、コカ・コーラのマネジメントシステムである「KORE(コア)」の環境側面を国内に展開する基準を作成し、その順守を求めて全国の飲料製造・販売会社(ボトラー)を訪問した。

 この時期、工場で使用する水源などを守る方針が米国の本社から示され、ボトラーに設備投資を求めるケースも出てきた。ボトラーの経営者との交渉の過程で、「水源などを守ることがボトラーの経営や消費者にどんな意味を持つのかを徹底的に考えることが求められた」という。「熱い思いで突っ走っていた頃だが、信念を持って仕事をする大切さを学んだ」と振り返る。

 仕事上の転機は、2011年3月、東日本大震災で発生した福島の原発事故だ。原料である水の安全性をいかに担保するかが問われた。当時、柴田さんはコカ・コーラの米国本社との間で朝と夜の2回、連日電話会議をして対応策を検討した。米国本社は水の放射能の専門家を海外から日本に数カ月派遣するなどの支援体制を取った。この経験を通して、「コカ・コーラのグローバルな組織としてのすごさと飲料ビジネスが持つ社会的な使命の大きさを実感した」。

 その後も、水に関する活動に力を入れる。工場での水削減活動などを通じて、約5年で生産量当たりの水使用量を3分の2に削減した。工場での水の使用量を極力抑えながら、使用した分の水を還元し実質的な水使用量をゼロにする「ウォーター・ニュートラリティー」にも取り組む。

 今後の目標に人材の育成を挙げる。環境部の仕事が、この数年で本業と深く関わるようになったと実感している。環境部の仕事を経営の中に位置付けて考え、実行する人材の育成を目指す。柴田さんのような“熱い”人材が、後に続くことを期待したい。