災害廃棄物処理で地域に貢献

――災害廃棄物の処理も担っています。2016年の熊本地震でも活動されています。

「災害にも対応、自治体と協定」

金子 当社の大きな変わり目になったのが、1995年の阪神・淡路大震災です。パニック状態で集積場がパンクし、人命救助の備品も搬入できないため、まずはそれを片付けてほしいということで行政から依頼があり、対応しました。

 創業者で現会長・下地一正の、廃棄物は極力現地でリサイクルされるべきだという考えの下、海外からプラントを導入してリサイクル施設を建設。分別を行いながら処理を進めたことが評価され、最終的には地域からの信頼につながりました。

――このときの活動が、その後も地震や洪水といった大規模災害に際して廃棄物処理を担う、まさにモデルをつくったということですね。

金子 いわゆるDNAというのでしょうか。阪神・淡路大震災当時に入社した若手が幹部クラスになり、災害時の廃棄物処理を企業の使命として対応しています。最近でも、熊本地震をはじめ、紀伊半島水害や関東東北豪雨といった豪雨災害などで活動しています。

 このような評価が蓄積された結果、全国各地の市町村から災害廃棄物処理協定を結びたいというお声をいただき、現時点で26の自治体と締結しています。このほか検討中の自治体も50近くあります。自治体は、このような協定を産業廃棄物協会などの団体と結ぶのが通例で、当社のような一企業と交わしているのは珍しいと思います。

――熊本の災害廃棄物は海上輸送したとのことですが、それもリサイクルの発想があったからですか。

金子 そうですね。海上で運び、徹底的な分別をして、最終的にどうしようもない廃棄物のみを埋立処分して完結しました。

 東日本大震災の時も、現地が混乱している状況だったため、海上コンテナを700基発注しました。ただ、放射性廃棄物を他の地域に持っていくべきではないという話が出て、当社は処理をお手伝いすることはできませんでした。

 ところがその年の8月末から9月にかけ、南紀地方で大豪雨被害が発生。現地の道が寸断されてしまったので、700基のコンテナを活用して処理に当たらせていただきました。当初は東北のために用意したコンテナでしたが、こういう取り組みはつながっていくのだなと実感した覚えがあります。

■ 大栄環境グループの災害廃棄物処理
■ 災害廃棄物処理協定締結状況 (2018年5月末現在)
大栄環境グループは、1995年の阪神・淡路大震災をはじめ、様々な災害により発生した災害廃棄物の処理に携わってきている。今では、大規模自然災害発生時に災害廃棄物の処理が適正かつ円滑・迅速に実施するために、自治体と災害廃棄物処理に関する協定の締結を進めている
[クリックすると拡大した画像が開きます]

――こうした活動を続けていくと、社員も仕事に誇りを持てるようになるのではないですか。

金子 そうです。やりがいと誇りを感じる。そしてスピーディーに対応することで、地域の方々はもちろん行政からも感謝や評価の声をいただきます。その声を聞いて、社員のやりがいや誇りもさらに高まり、ブランド価値の創造につながっていくのだと思います。

イオンと食品リサイクル事業

――イオングループと提携して食品リサイクル事業の全国展開に乗り出していますが、その進捗状況と成果を教えてください。

金子 イオングループとの食品リサイクルの取り組みは、イオングループの店舗などから出る食品の残りかすで堆肥を製造し、それを使って栽培した野菜を店頭に並べるというもので、4年目になります。兵庫県三木市を皮切りに実施している店舗は現在約110に増え、早期黒字化に向けたモデルの構築を進めています。

 イオングループでは2020年までに三木のリサイクルをモデルとして、全国10カ所以上に展開したいと発表しています。当社としても、第二、第三の地域に提携を拡げていくことで話を進めています。食品かすを再利用できる新しい循環システムとして、非常に有効なものだと考えています。

――このように様々な取り組みによって、100年企業の基盤づくりを進めているのですね。

金子 環境に関する幅広い事業を展開していきたいという考えがベースにあります。地域のご理解のもとに事業を行っている企業として、信頼を裏切らないためにも、永続することが大きな責任です。ESG、SDGsといろいろな表現が登場していますが、当社ならではの言い方が「事業の永続性」なのだと思います。