斎藤 正一(日経BP環境経営フォーラム事務局長)

テレビエンジニアとして世界初の商品を2度世に送り出した。上司から受け継いだ仕事への情熱を環境部門の若手に伝える。

根岸 史明(ねぎし・のりあき)
1956年石川県生まれ。1979年上智大学理工学部卒業、同年ソニー入社、英国、スペイン駐在などを経て、2010年マレーシア現地法人社長。2014年品質センター部門長、2014年7月から現職

 柔らかい物腰の中に仕事への熱い情熱を秘める─。根岸さんには、「技術のソニー」のエンジニアの伝統が脈々と息づいていると感じた。

 中学時代、月面に初めて着陸したアポロ11号に搭載されたソニー製の小型カセットレコーダーの技術力に感動し、ソニーを志望した。入社後はテレビのエンジニアになり、英国やスペインの工場などでも働いた。大きな転機は、28歳の時、初めての海外赴任地、英国ウェールズ工場で訪れた。後に副社長になる中村末広工場長との出会いだ。

 ここで中村氏の薫陶を受ける。教え込まれたのは、「仕事は待つのではなく周りを巻き込んで作り出せ」「付加価値を生む仕事をしろ」の2点だった。その後、仕事をする上での大きな指針になった。

 この教えを実践し、英国では現地で設計を始めた。当時、日本の家電製品の技術力は群を抜いていた。しかし、プライドの高い欧州の人たちを前に日本流を押し付けるのでなく、「欧州と日本の良さを融合して、今までできなかったことをやろうと呼びかけ、心を一つにすることができた」と振り返る。

 環境とのつながりは、欧州の事業部長をしていた2000年、3つのスローガンの一つに「バリュー・フォー・アース」を掲げたことに始まる。当時、ドイツは化学物質管理の新しい規制を次々に打ち出していた。対応に追われ後ろ向きになりがちなエンジニアに、ソニーが先頭をきって地球の環境を守るとの思いを込めて付けたそうだ。

 帰国後は、プロジェクトのリーダーやマネージャーとして2度の世界初の商品を世に送り出した。1995年に発売した液晶を使ったリアプロジェクションテレビと2007年の有機ELテレビである。個性派のエンジニアをまとめたり、技術的な難問に突き当たったとき、英国時代の教えが役立ったという。

 マレーシアの現地法人の社長などを経て、2015年7月から会社全体の品質と環境を束ねる部門のトップに就いた。その後は主に環境中期目標「グリーンマネジメント2020」の作成に取り組んだ。ソニーグループは2050年までに事業活動を通じての環境負荷をゼロにするとの目標を長期ビジョンに掲げている。この達成のためには「大型主要製品の年間電力の削減」など、取り組まなければならない難しい問題が浮かび上がっていた。そこで根岸さんは、4Kテレビの消費電力削減など事業部門と掛け合って技術的な裏付けのある目標を次々に描いていった。

 信条は、「意志あれば道あり」。環境部門の若手には、「自分たちが事業部を動かすんだという意識をもってほしい」と話す。上司から受け継いだエンジニアの熱い情熱が、環境部門を大きく変えようとしている。