聞き手/藤田 香

サプライチェーンにおける人権配慮はグローバル企業に突き付けられた課題だ。人権問題の世界的権威が、投資家が使える世界基準作りを提案する。

――ラギー教授は、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」の枠組み「ラギーフレームワーク」を提唱したことで有名です。サプライチェーンにおける人権配慮は企業にとって重要な経営課題になってきました。指導原則ができた背景を教えてください。

ジョン・ラギー
米ハーバード大学ケネディスクールの教授で、人権と国際関係学を専門にする。同大学ロースクールで国際法律学の教授も兼務する。2005〜11年に「人権と多国籍企業の問題に関する国連事務総長特別代表」を務め、11年の「ビジネスと人権に関する指導原則」の枠組み「ラギーフレームワーク」を作った。英アラベスク・アセットマネジメントの非常勤取締役も務める(写真:中島正之)

ジョン・ラギー 氏(以下、敬称略) 指導原則を作るプロジェクトはコフィ・アナン氏が国連事務総長だった時代に始まりました。アナン氏は先見性に富んだ人物で、国連グローバル・コンパクトの設立や、責任投資原則(PRI)策定を呼び掛けたことでも有名です。彼は企業のグローバル化がもたらす問題に早くから警鐘を鳴らしていました。「グローバル化は富や製品を生み出す一方で、破壊的なものも生み出す」と。その1つが人権侵害です。

 米ハーバード大学でグローバルガバナンスを教えていた私は、2005年にアナン氏から、「ビジネスと人権に関する枠組み作りに挑戦してほしい」と頼まれ、大学で教壇に立ちながら国連事務総長特別代表に就きました。50に上る企業の現場を訪問し国際的な協議を経て作ったのが、「ラギーフレームワーク」です。2011年の国連人権理事会で、アナン氏の名の下、「ビジネスと人権に関する指導原則」として提案され、全会一致で採択されました。これは国連で初めての、政府間交渉によらない規範的な文書です。

 ラギーフレームワークは3つの柱から成ります。「国家は人権を保護する義務がある」「企業は人権を尊重する責任がある」「人権侵害の被害者は救済措置を受ける権利がある」というものです。そして、企業は人権を尊重する責任を果たすために、方針の策定や、人権デューデリジェンスの確立、是正、救済などを行うことを定めています。

職場と地域の2つの人権侵害

――サプライチェーンにおける企業の人権侵害は、いつ頃から、どんなセクターで深刻化してきましたか。

ラギー 1990年代にアパレルやエレクトロニクスなどの製造業で委託生産が始まってからです。児童労働や強制労働、長時間労働、劣悪な労働環境、低賃金など、職場での人権侵害が顕在化しました。

 ほぼ同じ頃に、石油やガス、鉱山など資源採掘のセクターでは、資源の枯渇により紛争地帯などの劣悪な環境下で操業しなければならなくなりました。ここで起きる人権侵害は、土地の収奪や、漁業に伴う水質汚染、農業による土地劣化などコミュニティに影響を及ぼすものです。

 職場の労働環境とコミュニティへの影響という2つのタイプの人権侵害が起きるようになりました。

――サプライチェーン上の人権を配慮するため、企業にはどのような行動が求められますか。

ラギー 人権問題が起きる地域は、往々にして政府に問題があります。安い労働賃金や劣悪な労働環境を国が容認し、それが国の経済成長につながるという間違った考えを持っています。こうした国では腐敗も横行しています。例えばバングラデシュの8階建て商業ビル「ラナ・プラザ」が崩壊し、1000人以上が死亡した事件では、建物の検査をすべき人が正しい検査をしていませんでした。ひょっとしたら汚職があったかもしれません。

 人権問題の被害者は「政府は何もしてくれない」として、企業に苦情を直接申し立てます。企業が人権侵害に手を染めないためには、「人権デューデリジェンス」を適切に行うことです。人権リスクを評価し、法の支配が弱くてリスクが高い地域では操業しないことが重要です。