100社賛同へ、政府が意欲

 企業がTCFD開示に、急速に本腰を入れる背景には、強大な機関投資家の要請が背景にある。

金融安定理事会(FSB)議長で英イングランド銀行総裁を務めるマーク・カーニー氏(左)とTCFD議長を務めるマイケル・ブルームバーグ氏
(写真:AP/アフロ)

 2015年、20カ国・地域(G20)財務大臣・中央銀行総裁会合は、世界の金融市場を監督する金融安定理事会(FSB)に対し、金融市場は気候変動問題にどう対処すべきか検討を託した。FSBが設けた組織がTCFDだ。金融機関や企業の代表がTCFDに招かれ議論し、出した答えが提言だ。

 提言は、気候変動は金融市場を一変させるリスクと指摘した。また、投資家や運用機関などは株式や債券を発行する企業に対し、気候変動によってどのような影響が及ぶか、開示を求める必要があると指摘した。

 そのうえで投資家が投資判断に生かせるように、情報開示の標準的な枠組みを示した。加えて、将来の経済や社会の姿を描き、事業への影響を評価する「シナリオ分析」を求めたことでも、注目を集めた。

 提言の発行で、企業の情報開示はこれまで通りにはいかなくなった。2030年や2050年という長期的な事業戦略や収益構造を、気候変動に関わる規制強化や激化する気象災害への対応を踏まえて描き、投資家に説得力をもって語ることを迫られる。経営者にしかできない仕事だ。一般に経営者は、3年先を語ることすら難しいだろう。それが今、トヨタなど多くの企業が着手している。

 「我が社のような企業が、TCFDに対応せずにいられるものではない。むしろ積極的に、機関投資家との対話に生かしていく」と、日立製作所サステナビリティ推進本部の高橋和範副本部長は話す。

 気候リスク・機会を日立がどう扱い、事業に生かすかに世界の機関投資家が関心を寄せる。その情報を伝え、また投資家の関心を探る枠組みとして提言の活用が欠かせないのだ。

 日立は2018年6月、提言への賛同を表明した。きっかけは、その約半年前の2017年暮れ、社長に宛てた一通のメールが届いたことだった。

 メールには225の世界の機関投資家が名を連ねていた。「クライメートアクション100+(CA100+)」と呼ぶ、世界の機関投資家によるイニシアチブのメンバーである。

 他にトヨタや新日鐵住金など影響力の大きい世界100社に送られた。「気候変動の影響にさらされようと、事業が堅牢であると投資家が判断できるように、TCFD提言に基づく情報開示を強化せよ」と書かれていた。

 メールだけではない。これまでに国内外の投資家が日立を訪れ、気候変動をテーマに対話(エンゲージメント)が持たれた。日立は、2018年9月発行のサステナビリティレポートと、同10月発行の統合報告書で提言に基づく情報を開示し始めた。

 CA100+への参加投資機関は現在、312機関に拡大。2018年10月に世界最大の機関投資家、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が参加した。

 GPIFは2018年12月、CA100+への参加とは別に、TCFD提言に賛同する意向を表明した。他にも世界の企業や金融機関、政府機関がTCFD提言への賛同を表明。2月20日までに593の組織が賛同した。

 賛同組織が最も多い国は英国、次いで米国。日本は3番目となる56組織だ。経済産業省は「TCFD提言への賛同企業を100社以上にし、世界最大にする」と意気込む。

■ 590を超す組織が「TCFD提言」に賛同
日本の署名組織数は英国、米国に次ぐ3位。「非金融」は産業界など。「その他組織」は政府や国際機関など。経済産業省は英国を抜く100社の賛同を目指している
(出所:TCFD)
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 経産省は2018年12月25日、TCFD提言に賛同。同じ日、「気候関連財務情報開示に関するガイダンス(TCFDガイダンス)」を公表した。

 ガイダンスは企業や金融機関向けに、提言に対応する手順を示し、企業事例を解説。投資家に対して積極的に伝えるべき競争力や強みを、業種別に推奨項目として示した。投資家が企業価値を評価する際も、着目すべき要点が分かるようにした。

 TCFD提言は、情報開示の標準的な枠組みを示したものの、枠の中に何を書くかは試行錯誤が始まったばかりだ。日本が最大勢力となり、世界に先駆けて情報開示の手本を示し、投資家の賛同を得れば、日本の競争力を高めることに直結する。

 ガイダンスは英訳されTCFD事務局のレビューを受けてお墨付きを得た。海外の企業や投資家に採用を促す。世界で始まったTCFD対応のルールメークに関与するため、国内で政府や企業の団結が強まるだろう。