相馬 隆宏

企業が投資家に成長力を訴えるIR活動が進化している。経営トップが前面に出て投資家の声を聞き、経営の質を高めている。

 「単に会った、話したというレベルにとどまるのではなく、企業価値を高める行動を取るところまで持っていく必要がある」。IR(投資家向け広報)活動で定評のあるエーザイの柳良平・専務執行役CFO(最高財務責任者)は、エンゲージメントの意義を語る。

 エンゲージメントとは、投資家との対話を通じて企業価値を高めること。投資家に自社の強みや成長力を訴えることで正当な評価を得られやすくなる。

 投資家との対話が不十分で信頼関係が築けていない企業は、株主総会で議案を否決されたり、企業の意に沿わない株主提案を出されたり、トップが思うような経営のかじ取りができなくなる恐れがある。

 特に企業価値に大きな影響を及ぼすESG(環境・社会・ガバナンス)などの非財務情報については、より丁寧な説明が企業に求められる。環境や社会課題の解決がどう企業価値に結び付くのか、ストーリーを分かりやすく伝えなければ、投資家に評価されにくい。

 投資家から見ても、エンゲージメントによって投資先企業に経営課題の解決を促すことで当該企業の競争力の向上やリスクの低減が期待できる。その結果、株価の上昇につながる可能性が高まる。

株価3倍の果実も

 エンゲージメントに積極的に取り組んでいる1社が、アサヒグループホールディングスだ。同社は2011年に持株会社制に移行した頃から、投資家と対話する機会を増やしてきた。現在、社長やCFOが出席する機関投資家の個別訪問だけでも、国内外合わせ年間延べ70社を数える。

 こうした努力のかいもあり、株価は2011年から8年間で3倍になった。2017年半ばごろから、TOPIX(東証株価指数)を上回るようになっている。

 アサヒグループホールディングスが個別に訪問するのは、株式を長期で保有する意思のある機関投資家である。同社は、エンゲージメントの議題の1つに「ESGへの取り組み深化」を挙げる。中長期の視点が欠かせないESGの取り組みを理解してもらうためにも、長期投資家は大切な存在だ。

 経営に示唆を与えてくれる投資家にも積極的に会いに行く。社長と投資家が実質的に一対一で会って話をすることも珍しくない。同席する同社執行役員IR部門ゼネラルマネジャーの石坂修氏は、「一対一で会うと対話が深まる。社長が率先して出て対応している」と明かす。

機関投資家と“一対一”で対話するアサヒグループホールディングスの小路明善社長(写真の左)。経営に多くの示唆を与えてくれる投資家とは継続して会っている
(写真:アサヒグループホールディングス)

 投資家から新しい経営のアイデアや示唆を得ることを重視する同社は、投資家向けの説明会を開くと必ず社長によるヒアリングの時間を設ける。「当社の経営に対する不満や改善してほしい点を聞かせてください」。自社に今、何が欠けているのか、厳しい指摘が出るのも覚悟の上で、あえて尋ねる。有益なコメントをくれた投資家はその次も指名して対話を継続する。投資家に指摘された点は改善し、次の対話の場でその結果を見せる。

 アサヒグループホールディングスには、経営トップが直に投資家と話すエンゲージメントの大切さを実感したこんなエピソードがある。

 2018年5月に、東京墨田区の本社ビルで欧州事業説明会を開催したときのこと。投資家は、買収先の欧州企業にアサヒの経営理念がしっかり浸透しているのかを気にしているとみて、欧州の拠点とテレビ会議システムでつないで、アサヒヨーロッパとアサヒブリュワリーズヨーロッパのCEO(最高経営責任者)が投資家の質問に直接答えた。

 日本の小路明善社長と欧州事業会社のトップによる説明は、グループが一体となっていることを理解してもらうのに十分だったという。信頼できるマネジメントであることを確認できた投資家は好意的なアナリストリポートを出し、株価も上昇した。