本当のイノベーションに挑め

 パリ協定は、我々に大変な覚悟を求める条約だ。思い切って言えば、人類が300年を費やして築いた化石燃料文明のままでは駄目で、全部壊そうという内容だ。

 つまり、「皆さん、すべてを変える覚悟はできていますか」と、パリ協定は問うている。今まで通りに経営する企業は潰れて当たり前になる。覚悟はできているだろうか。

イノベーションの本当の意味

安井 至氏
持続性推進機構​ 理事長(写真:鈴木 愛子)

 CO2の寿命は長く、大気中に放出されれば1万年にわたり気温が上昇する。いち早く化石資源の利用をやめる他ないが、保存や輸送がしやすく便利だ。産業でも、我々の生活でも、化石資源を電気やバイオマスにすぐさま置き換えづらい。

 また例えばセメントは製造時のCO2排出を免れない。プラスチック製造も限界がある。原料に使う石油をすべてバイオマスに替えると、農地をバイオマス栽培に切り替えるため食料が不足する。

 鉄鋼については、製造時のCO2排出が少ない電炉鉄で世界の需要を賄うべきとの見方もあるが、それだけの量の鉄スクラップが地球上にない。アフリカなど途上国の経済成長による需要を満たすには高炉鉄が要る。

 日本の鉄鋼業界は2100年までにCO2ゼロで高炉鉄を生産する方針だ。実現には大量の水素供給が必要になるなど課題もある。

 産業が排出せざるを得ないCO2は回収し、地中に埋める「CCS」を使うことになる。またIPCCは、CCSの応用技術である「BECCS」や「DAC」の本格採用に言及している。

 BECCSは、化石資源を使わずにバイオマス燃料に置き換えCO2を回収・貯留する。DACは大気中のCO2を直接、回収して貯留する。1.5℃実現にはこの技術が鍵となる。詳しくは後述するが、できる限りCO2を減らし、どうしても排出する産業などでCO2を回収・貯留することになろう。

 日本の気候変動防止のための長期戦略は、気温上昇を2℃未満や1.5℃に抑えられるかどうかはこの先、どのような技術を開発できるかにかかるという内容だ。いわば「イノベーション頼み」である。私も長期戦略の検討メンバーとして、産業界、財界、学識者の代表らと議論した。

 ただ、1.5℃達成のためのイノベーションは、今までの発想にとどまっていては実現できない。

 イノベーションという言葉の本来の意味をご存じだろうか。社会科学者のヨーゼフ・シュンペーターによれば「Neuer Kombinationen」(新結合)のことだという。日本では1958年、経済白書で「技術革新」と誤訳され、そのまま広く認識された。

 欧米は、イノベーションを技術革新のこととは捉えていない。これまでにない新しい連携、協力のことだ。これまでのAとBによるビジネスや行動を、AとCでもやってみることだ。これからは会ったことのない人と会い、話したことのない人と話してほしい。それが、気温抑制のためのイノベーションの第一歩になろう。

 また日本の長期戦略は、従来の延長線上にない、見たことのない技術や制度をつくる「非連続なイノベーション」を実現せよと結論付けた。

 具体的にどのようなイノベーションが必要か。今後必須となるCCSや、回収したCO2をプラスチック原料などに使う技術(CCU)のコストを下げるイノベーションが重要になる。

 CCSもBECCS、DACも大量のエネルギーが要るため、エネルギーコストの引き下げが肝要だ。例えば広大な砂漠で太陽光発電事業を展開すれば、1kWh当たりの発電コストが2円程度と格安になる。世界のCO2を大規模に回収するのに必要な大量のエネルギーを安価に得られる。

 BECCSやDACなど見たことのない技術、ビジネスモデル、ライフスタイルに挑戦や貢献をすると言えない企業には資金が入らなくなる。これを明確にしたのが気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)だ。調達した資金を、気温抑制に貢献するイノベーションにどう使うか、投資家への説明が求められる。

 ただ、ぴたりと1.5℃に抑えるのは難しい。1.75℃がやっとだろうか。

 IPCCが採用した温室効果ガスの排出傾向を示す4つのシナリオのうち、イノベーションが大成功する「P1」でも、2020年から温室効果ガスの排出を減らさなくてはならない。最も対策が遅れる「P4」でも2030年から急激に排出量を減らす。1.5℃の実現は難しいと実感せざるを得ない。