パリ協定が1.5℃目指した経緯

 気候変動を防止するための国際交渉で、「1.5℃」はどういった経緯で取り上げられるようになったか。歴史を大まかに振り返ろう。

パリ協定の長期目標とは

髙村 ゆかり氏
東京大学 未来ビジョン研究センター 教授
(写真:鈴木 愛子)

 気候変動に関わる3つの条約がある。1992年に採択された気候変動枠組み条約、97年採択の京都議定書、2015年採択のパリ協定だ。

 また、2009年開催の気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)では世界の首脳が集まったが合意できず、翌年2010年のCOP16で2020年までの気候変動対策のルールが合意に至った。これを「カンクン合意」と呼ぶ。

 そして2015年、COP21でパリ協定が合意された。

 パリ協定2条1項には、気温上昇の抑制に関する長期目標が盛り込まれた。世界の平均気温の上昇を、産業革命前と比べて「2℃を十分に下回る」水準に抑える「2℃目標」と、1.5℃に抑える努力を継続する「1.5℃の努力目標」である。

 それに対応する削減目標も4条1項に定められた。「今世紀後半に温室効果ガスの人為的な排出と吸収を均衡させる」との一文だ。

 植林など人の活動によりCO2吸収量を増やした範囲内に、人の活動による排出量を抑えるという意味で、「排出実質ゼロ」や「脱炭素化」の長期目標と呼ばれる。この長期目標は政府だけでなく、企業や自治体など非国家アクターの脱炭素化の取り組みを後押ししている。

 パリ協定を作る交渉において、長期目標をどのような形で織り込むかは重要な交渉事項だった。

 2℃目標に言及することは、実は我々専門家にも、また恐らく交渉官にも違和感のないことだった。2010年のカンクン合意の中で、気温上昇を2℃に抑えるという目標に、世界で既に合意していたからだ。

「1.5℃」盛り込まれた背景

 実は、2010年のカンクン合意を決める交渉でも、1.5℃のように2℃よりも低い水準に言及するかが争点となった。気候変動の影響に脆弱な島しょ国やアフリカ諸国、後発途上国などが、2℃よりも低い水準での気温上昇の抑制を目標として掲げるべきとの主張を強力に展開した。

 気候変動交渉は、先進国と途上国が対立する「南北対立」の構図になりがちだ。だが1.5℃については、途上国の間でも主張に違いがあった。2010年カンクン合意をまとめるには気温抑制目標に合意することが必要で、それには途上国間の立場の違いをどう超えるかが大きな課題だった。

 当時、2℃よりも低い1.5℃といった水準の目標を採用すべきと強く主張したのが、サモア、フィジーなど島しょ国の38カ国(AOSIS)やツバル、ソロモン諸島など後発途上国の48カ国(LDC)、ケニアや南アフリカなどアフリカ諸国だ。

 また、「先進的な途上国」と呼ばれる中南米の一部の国々(AILAC)は、低く気温上昇を抑え、リスクを下げる目標を採用すべきと主張した。

 一方、中国やインド、中東と中南米の一部の国々(LMDC)は、2℃よりも低い水準の削減目標に強く反対した。先進国よりも強い反対だった。

 これらの主張に折り合いをつけるように、2010年カンクン合意では2℃の達成に向けて緊急の対策を採ること、そして2013〜15年に長期目標をもう一度検討し直し「1.5℃目標を含む長期目標の強化を検討する」ことが決まった。

 だがカンクン合意後も、途上国間の対立は続いた。2013〜14年に長期目標を再検討する交渉を行った時は、中東と中南米の反発もあり1.5℃に言及することはなかった。この交渉で、島しょ国や後発途上国の交渉代表者が、涙を流すようにして、「1.5℃に気温上昇を抑えるための科学的知見をまとめること」を懇願した。

 こうした経緯もあり、2015年のパリ協定をつくる交渉では、「2℃」に言及することよりも、2℃を「十分に下回る」という意味の「well bellow」の2語を書き込むかどうかが、国家間の大きな争点となった。

 化石資源を産出する中東地域や、排出量が拡大するインドなど新興国は反対を続け、途上国の中でも立場は鮮烈に対立した。そんななかで島しょ国や後発途上国の請願をくみ取り、「well bellow」の2語、そして拒否され続けてきた「1.5℃の努力目標」がようやく書き加えられるに至った。これは大変な驚きだった。

 拒否され続けてきた1.5℃目標が一転、織り込まれた背景にはCOP21開催前の2015年9月、国連総会で「持続可能な開発目標(SDGs)」が合意されたことも後押しとなったとみている。「誰も置き去りにしない(No one will be left behind)」というSDGsのスローガンは、パリ協定の交渉でも繰り返し述べられた。

 2℃を十分に下回る水準に気温上昇を抑制することや、1.5℃に抑制することは容易ではない。だが同時にこの目標は、社会的な弱者、貧しい後発途上国、島しょ国などの人々に対する気候変動の影響の大きさを考慮し、こうした人々も置き去りにしないという国際社会が目指すべき未来の社会像を念頭に置いてつくられた目標だと認識している。

 またパリ協定の採択と同時に合意された締約国会議(COP)の決定では、IPCCに対し、1.5℃に関する知見をまとめた報告書の作成を依頼した。この依頼に応え、IPCCは「1.5℃特別報告書」を2018年発表した。

 パリ協定と1.5℃報告書は、まずは各国政府が独自に掲げる長期目標に影響を及ぼしている。