馬場 未希

1.5℃実現を目指す場合、企業にとってどんなリスクや機会があるか。産業界、投資家、CDPの視点を基に企業の取るべき道を議論した。

 日経ESG経営フォーラムは2019年7〜9月、「1.5℃目標」に関する連続セミナーを開催した。このリポートでは9月に開催したセミナー最終回での議論を紹介する。

企業にも「1.5℃」の要請

 1.5℃目標は、パリ協定に記された努力目標だ。締約国に対し、世界平均気温の上昇を産業革命前と比べて「2℃を十分に下回る(Well bellow 2℃=WB2D)」ようにすると同時に、「1.5℃の水準」までに制限する努力を求めている。

 2018年10月には、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が「1.5℃特別報告書」を発表した。1.5℃に気温が上昇した場合の地球環境に対する影響や被害、必要となる対策について、最新の科学的知見がまとめられた。報告書がきっかけとなり「非国家アクター」と呼ばれる自治体や企業、市民社会が、気温上昇の抑制を求めて声を上げ始めた。

 企業に対しても、2℃や1.5℃といった「温度目標」への貢献が求められそうだ。ただ、その要請の多くはNGOなど市民社会発のものだ。例えば、企業にパリ協定と科学に基づく温室効果ガス削減目標(SBT)の設定を求める「SBTイニシアチブ(SBTi)」は2019年10月から、WB2Dに相当するか、もしくはそれ以下に気温上昇を抑えられる目標の設定を企業に求めている。この要請に応じ、早くも1.5℃への貢献を宣言する企業も現れ始めた。

 一方、セミナーでは、気候変動を金融システムの安定を脅かすリスクの1つと捉える投資家は、企業の温度目標への貢献よりは、社会の変化に耐え得るレジリエンス(強靭さ)や、イノベーションや新市場創出による成長に関心があることが浮き彫りになった。

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ディスカッションの様子。写真左はJFEスチールの手塚宏之氏(左)と三菱UFJモルガン・スタンレー証券の吉高まり氏、写真右はCDPジャパンの高瀬香絵氏(左)とみずほ情報総研の柴田昌彦氏
(写真:鈴木 愛子)

脱炭素の競争で優位に立て

 セミナーでは、2ページからの講演内容を基に、企業の対応についてディスカッションも行われた。

 JFEスチールの手塚宏之・専門主監は講演で、温室効果ガスの排出を世界でどれだけ削減すれば気温上昇を2℃や1.5℃に抑えられるか、現在の科学的知見をもってしても、その予測には「不確実性」が大きく残ることを指摘した(2ページに詳細)。

 これに対し、企業の実情として「不確実で振れ幅の大きい予測を基に、経営判断し、削減目標を設定して、対策を示せと言われても、経営者は対応しづらい」と手塚氏は話す。

 ただ、温暖化が起きており、地球環境や社会、人々の生活に悪影響が生じるのも事実だ。手塚氏は下の図を示し、イノベーションを加速することで気温上昇を抑えるのに要するコストを引き下げられると説明。「何℃を目指すにせよ、今できる対策やこれからやるべき対策は決まっている。そのスピードと強度を上げれば、気温の上昇をいっそう抑えられる。いかにイノベーションを早く起こすか、より低コストで手頃に入手できる低炭素の製品や技術を生み出せるか、世界で競争が起きている」と話した。

■ 温暖化対策の被害とコスト
Aは、気温が2℃上昇した場合に世界が気候変動の影響によって被る損失、被害の額の予測。Bは1.5℃の場合。Cは2℃上昇に抑えるために世界が支払う対策コストの予測、Dは1.5℃の場合。イノベーションを起こすことで、CとDの点線のようにコストを引き下げられる
(出所:JFEスチール手塚宏之氏の資料)
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 その実現には、イノベーションを担う企業と、これを促進する資金を投じる投資家による前向きなコミュニケーションが必要だ。三菱UFJモルガン・スタンレー証券の吉高まりチーフ環境・社会(ES)ストラテジストは、「今、企業の開示と投資家評価が合致していない面もある」と指摘。企業は気候変動などに関して開示した情報を投資家がどのように判断するか不安を感じている。一方、投資家は、開示情報の受け止めや評価の仕方を手探りしているという。

 吉高氏は、「企業は、情報をこう使って、こう評価してほしいと、投資家に伝えるといい。情報を開示したら終わりではなく、これを基にした投資家との対話で企業価値に差が付くだろう」と説明し、続けて「米国の投資家に特徴的だが、温度目標が意欲的かどうかよりも、イノベーションや新市場の創出でどの企業が優位に立つかに注目している。積極的に情報開示してほしい」と話した。

 投資家だけでなく、顧客の評価に差が付くのかも気になるところだ。

 CDP Worldwide-Japanの高瀬香絵シニアマネージャーによれば、「欧米企業にはサプライヤーを選ぶ際、CDPで一定以上のスコアを獲得した企業から選ぶケースも見られる。コスト競争の前段階の、品質競争の1つとして、低炭素や脱炭素の性能が評価されている」と話す。

 また、みずほ情報総研の柴田昌彦シニアコンサルタントは、「取引先がサプライヤーに対し、品質と納期、価格に加えて低炭素化を要求するケースもある。低炭素化の要請に応えなければ競争優位性をそぐかどうかは、企業ごとに異なる。顧客の業種や、業界トップ企業なのか、中堅なのかでも変わる」と指摘する。

 顧客企業が、サプライヤーの排出削減を促す方針を示しているなら、対応の検討が必要だ。「SBTに相当する目標を掲げるサプライヤーは、顧客からの総合的な評価が高くなる傾向にあるようだ」と柴田氏は話す。SBTが企業にWB2Dや1.5℃を求める今、積極的な対応は取引を獲得する競争における強みになりそうだ。

 とはいえ、企業にとって1.5℃目標に貢献するレベルの削減は、決して簡単ではない。自社の事業モデルに応じた最適解を、次ページからの講演録をヒントに導き出してほしい。