「不確実性」を踏まえ技術で挑む

手塚 宏之氏
JFEスチール 専門主監(地球環境)兼 技術企画部 地球環境グループリーダー(写真:鈴木 愛子)

 1.5℃を巡って産業界が注目している点や認識を話していく。まずIPCCの予測は、不確実性が高いことを認識すべきだ。

 その要因の1つが「気候感度」だ。温室効果ガスが地球に一定量たまった時にどの程度温暖化が進むかを示す値だ。これには明確な科学的コンセンサスがない。IPCCが2007年に発表した「第4次評価報告書」では気候感度は2〜4.5℃の間で、一番確からしい値(最適推定値)は3℃とされた。7年後の「第5次評価報告書」では1.5〜4.5℃の間とされたが、最適推定値のコンセンサスは得られず暫定的に3℃に据え置かれた。

 地球環境産業技術研究機構(RITE)によれば、2℃に抑える時、気候感度が3℃の場合に2050年に必要になる温室効果ガス削減量は、気候感度が2.5℃の場合と比べて年間200億t以上多くなる。気候感度の小さな違いが、大きな差となるのだ。

 パリ協定は、2℃や1.5℃を温度目標として掲げた。だがどれだけ削減すればいいか、最新の科学的知見でも不確実性の高い予測しかできない。こうした状況下では、どのような対策を取るべきかは産業界、市民など様々なアクターが自ら選ぶべきだろう。

イノベーションの速度上げよ

 1.5℃を目指すことで社会が被る影響にも留意すべきだ。例えばコストである。RITEによれば1.5℃を実現する場合、温室効果ガスを追加的に1t削減するための「限界削減費用」は2℃と比べて3〜4倍に膨れる。

 また1.5℃報告書本体の第4章には「1.5℃の実現が長期的に便益があろうと、短期的な社会的経済ロスを生じては広範囲な政治社会的支持は得られない。難しいのは経済に甚大な影響を与えずに温暖化対策を強化できるかどうかだ」と記された。

 要は1.5℃に抑えようと無理な対策を取ると、社会がこれに十分に対応できない事態─失業、貧困、不平等、財政面のあつれき、競争力の弱体化、炭素強度(資産のCO2排出原単位)の高い資産の経済価値の毀損(座礁資産化)─が生じ、社会混乱が起きるリスクが発生する。

 世界が気候変動の影響によって被る損失、被害のトレンドを示したのが1ページの図のAとBだ。2℃上昇すれば、1.5℃と比べて当然被害額は大きくなる。1.5℃に抑えるのがベターだがただではできない。のC、Dは世界が支払う対策コストの予測だ。技術は、時間がたつほど進歩し、コストが安くなる。

 1.5℃を目指すなら対策コストは2℃場合と比べてより高く、直ちに対策を始めなければならない。2℃なら時間はかかるが立ち上げ時のコストは低い。長期の被害の累積を示す面積は1.5℃より大きくなるが社会で負担するコストは小さくなる。

 対策については、2℃を達成できないなら1.5℃も達成できない。2℃実現の道のりの先に1.5℃の世界がある。日本や他の国の長期戦略を見比べると、対策メニューは再生可能エネルギーの利用拡大、省エネの徹底、CO2回収・貯留・利用(CCUS)、水素の利用拡大などとほぼ共通している。国によっては原子力発電がこれに加わる。つまり2℃でも1.5℃でも今、打てる対策はどの国も同じだ。

 これらめどの立った技術の先の、未知の技術として宇宙太陽光発電や人工光合成、核融合、DAC(大気中のCO2直接回収)の開発と実用化が期待されている。だがいずれも、いつ戦力化されるかは分からない。

 1.5℃でも2℃でも、今できる対策の選択肢は変わらない。我々にできるのはイノベーションの速度を上げ、できるだけ早く対策コストを(C、Dを点線のように)下げることだ。コストが下がれば対策はより早く自然体で普及や導入が進み、1.5℃に向かう軌道にも移れる。

 気温上昇を抑えるのに必要な対策や削減量の予測には不確実性が高い。産業界としてはまずは2℃実現に向けてしっかりと取り組みつつ、最新の科学的知見を基に行動の見直しを繰り返すことが合理的だろう。