取締役会のテーマに

――企業の意識は変わりましたか。どんな成果が出たでしょう。

ケル 自信を持って言えるのは、15年間でビジネスモデルがすっかり変わったことです。エビデンスも出ています。従業員を大切に扱い、人権重視を理解する企業が増えましたし、環境配慮を重要だと考える企業も増えました。企業の成長には良いガバナンスがベースになければならないと考える企業も増えました。

 ビジネスの枠組みが変わったのです。企業のパフォーマンスに対して世界の監視の目も厳しくなりました。経済協力開発機構(OECD)は贈賄や汚職を阻止する指針を発表し、消費者は良い企業と悪い企業の行動を見極める能力を高めました。企業の透明性を高めるためのテクノロジーも出てきました。

 企業にとって環境問題は圧力となる一方で、取り組めばインセンティブにもなっています。従来コミュニケーション部門が扱っていた問題が、取締役会の中心テーマになりました。財務や利益追求だけでなく、社会や環境に配慮しなければならない。扱う問題は膨大で、企業が果たすべき役割は大きいと感じでいます。

 一言で言うと「モラリティからマテリアリティ」への進化です。グローバル・コンパクトが発足した当初、企業のCEOに「倫理的に正しいことをしましょう」と呼びかけていました。今も倫理は重要ですが、マテリアリティの重要性がより増してきました。持続可能性で失敗を犯すとコストになり、対応すると利益につながる時代になりました。

監査より能力開発を

――サプライチェーンは世界中に広がっています。企業は環境や人権への配慮をサプライヤーに実行してもらうため、監査を実施するなど努力をしていますが、仕事は膨大に膨らんでいます。有効な対処の方法はありますか。

ケル 日本をはじめOECD加盟国の企業は途上国で大きなチャレンジをしています。途上国ではガバナンスが悪く、腐敗が蔓延したり、法や制度がないケースがあります。

 企業が第一にすべきことは、途上国のキャパシティ・ビルディング(能力開発)です。労働環境を改善し、労災を無くし、児童労働を無くすなど現場の状況を改善するとともに、訓練や教育などの能力開発への投資に長期的に取り組むことです。

 サプライヤーのところで環境や人権上の問題が起きたとします。取引を停止して撤退するのでは解決しません。途上国では「スウェットジョブはノンジョブよりましだ」と言われます。仕事がないより労働環境の悪い工場で働く方がましという意味ですが、そう考える労働者の状況を変えなければ問題解決になりません。

 最もよいのが能力開発です。電気電子や繊維、鉱山などの業界では人権や労働、環境配慮を定めた行動規範やガイドラインがあり、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」に基づく確認ツールもあります。これらも有効ですが、やはり現場の能力開発、教育、コミュニティへの投資が長期的に必要だと考えます。

――途上国で能力開発をうまくやっている企業事例はありますか。

ケル 農業分野では食品大手ネスレの例。チョコレートの原料であるカカオの産地コートジボワールでは、収量の高いカカオ苗木の配布や農民への研修を行い、彼らのスキルを向上させ、自立させる取り組みをしています。繊維・アパレル分野でも多くの企業が労働者の能力を向上させるための投資をしています。エチオピアやタンザニアでは日本企業がトレーニングセンターをつくるなど能力開発をしている例を聞きます。