あらゆる産業に蔓延

 サプライチェーンにおける労働者の人権侵害や労働安全衛生に関する問題は、アパレル産業にとどまるものではない。

 IT(情報技術)産業では、アパレル産業以上に大規模な生産能力を持つEMS(電子機器の受託生産サービス)による生産が盛んである。高度な生産技術や品質管理が求められる産業であるがゆえに、低賃金の労働集約型とされるアパレル産業のようなサプライチェーンの問題とは無縁であると思われるかもしれない。

 しかし2010年、米アップルの「iPhone」などを受託生産している大手EMSフォックスコンの中国の工場で、短期間のうちに10人以上の労働者が次々と自殺するという問題が大きく報道された。連続自殺事件とiPhoneという先進的なイメージの強い製品が結び付きにくいこともあり、世界中で頻繁に報道され、広く事件が知られることとなった。

米アップルの「iPhone」などを受託生産する大手EMSフォックスコンの中国の工場。労働者が次々と自殺し、世間を騒がせた<br>写真:AP/アフロ
米アップルの「iPhone」などを受託生産する大手EMSフォックスコンの中国の工場。労働者が次々と自殺し、世間を騒がせた
写真:AP/アフロ

 当時、アップルのCEO(最高経営責任者)だった故スティーブ・ジョブズ氏が、テレビのインタビューで、生産を委託する工場の管理について自ら説明する様子も流れた。

 メディアやNGOからサプライヤーの問題について指摘を受けたナイキとアップルはその後、サプライヤーに対する監査を含めたモニタリングと改善指導を徹底した。さらには、世界にあるサプライヤーのリストを公表するなど、サプライチェーンの実態に関する情報開示も実施している。

 食品業界も話題に事欠かない。例えば、タイは日本の食卓を賑わすエビの養殖が盛んだが、エビの皮むき作業で子供が働かされている。エビのえさとなる魚の漁では、ミャンマーなどから人身売買によって「輸入」された外国人労働者が、奴隷まがいの状況下で働かされ、時には漁の最中に海に突き落とされ、死亡するといった報道もある。

 サプライチェーンで働く労働者にまつわる問題は、世界で価格競争が激しくなる中、幅広い産業に蔓延している。米国の労働省が発行する「児童労働・強制労働による製品リスト」には、農産物から鉱物に至るまで、どの国で、どんな商品が児童労働や強制労働によって作られているかを示した長いリストが掲載されているほどである。

サプライチェーンの問題は、農産物から鉱物まで多岐にわたる。米国労働省は、国や商品別に児童労働や強制労働の状況を公開している<br>出所:米国労働省
サプライチェーンの問題は、農産物から鉱物まで多岐にわたる。米国労働省は、国や商品別に児童労働や強制労働の状況を公開している
出所:米国労働省
[クリックすると拡大した画像が開きます]

 日本企業もこうした問題とは無縁ではいられない。

 近年、日本の有名アパレルブランドが生産を委託する中国の工場に、NGOが潜入捜査した結果も報告された。NGOの関係者が、身分を隠して労働者としてその下請け工場で働き、内部から労働環境の実態を暴くという手法が使われた。

 自動車メーカーの下請け工場では、バングラデシュやネパールなどの出身の外国人労働者が日本の閉鎖的な出入国管理規制に縛られ、人材派遣業者や企業による待遇に苦悩しているとの報道もある。

 労働や人権といった問題は、一般に発展途上国に限定された問題と思われがちだが、そうとは言い切れない。残念ながら、先進国である日本においても数多く指摘されている。

 中でも世界的な注目を浴び、米・国務省が発行する人身取引報告書でも指摘されているのが、日本の外国人技能実習生の問題である。

 外国人技能実習制度は、日本企業が外国人を一定期間受け入れ、特定の技能を習得してもらい母国の経済発展に役立ててもらう国際貢献として位置付けられている。

 だが、その裏では安価な労働力として活用されるばかりか、最低賃金すら支給されず、劣悪な住環境を強制され、移動の自由も制限される、さらには母国側での研修費や補償金などにより借金漬けにされ、債務労働を強いられるなどの例が多数指摘されている。

 都会で通常の生活をしているとなかなか気がつかないこうした問題は、残念ながら日本国内のサプライチェーンにも広がり、私たちが手にしている商品の裏にも隠れているかもしれない。