中核社員の離脱を防ぐ

 生産性の向上に取り組む一方で、貴重な「戦力」を育児や介護、病気といったやむを得ない事情で失わないよう家庭と仕事の両立支援が重要になる。特に大きな役割や責任を担う40〜50代の管理職の場合、親の介護をしなければならない人がこの先増えると想定される。

■ 介護離職が3割超える
※:社員300人以上の企業
(出所:インターリスク総研)

 インターリスク総研の調査によると、3割超の企業(社員300人以上)で介護離職者がいたという。

 「介護に関しては、会社で重要な役割を担っているマネジャーが辞めてしまうリスクがある」(花王人財開発部門の松井明雄・副統括)。花王が社員の親や配偶者の年齢などを基にシミュレーションした結果、2023年におよそ5人に1人が介護責任を負うことが分かった。

 介護は育児と違って、先が見通しにくく、状況もそれぞれ異なる。社内で相談相手を見つけにくく、いざその立場になった時に何をすればいいかが分からないという人が少なくない。

 同社は、社員の不安を取り除くため、介護セミナーを開催したり、相談窓口や必要な準備などを記載したハンドブックをイントラネットで公開したりしている。

花王が開催している介護セミナー。介護をする身になったら何をすればいいか分からないという社員は少なくない。セミナーなどを通じて情報を提供して社員の不安を取り除く

 2017年からは、介護などのために使える特別休暇も分割して取得できるようにし、それぞれの状況に合わせて使いやすくした。

一通のメールが会社を動かす

■ がん罹患者は2割いる
出所:労働政策研究・研修機構

 がんになった社員の支援も重要性を増している。労働政策研究・研修機構によると、約2割の企業でがんに罹患している社員がいる。

 がんとの両立支援に特に熱心なのが伊藤忠商事だ。

 『がんに負けるな』──。2017年7月、岡藤正広社長(現・会長CEO)はこんなタイトルのメッセージを社員に発信した。岡藤社長は社員を家族のようなものだと言い、たとえがんなどの重い病気になったとしても家族が闘病しているつもりで臨むと宣言した。

 岡藤社長がこうした考えに至ったきっかけは、がんで亡くなった1人の社員が病床から送ったメールだった。その社員にとって伊藤忠は「日本で一番いい会社」という言葉を残したのを受け、がんとの両立支援策を拡充してきた。

 「予防」「治療」「共生」の観点で実施する支援策は幅広い。予防では、国立がん研究センターと提携し、がん特化検診を全社員に義務付けて早期発見に努める。治療では、保険が適用されない高額ながん先進医療費を会社が全額負担する。

 共生では、治療しながら働くことを2018年度から個人の業績評価に反映させている。具体的には、がんになった場合、組織長や産業医、両立を支援する人事担当者と相談し、3カ月間の「両立支援プラン」を策定し、その達成度合いで加点する仕組みである。

 社員にアンケートをしたところ、仕事がやりがいと答える人が多く、がんになっても目標を持って働けるようにすることが重要と判断した。現在、十数人が両立支援プランに基づいてがんと闘いながら働いているという。

 さらに、万一、社員ががんで亡くなった場合、遺族を経済面から支援する。子どもがいる場合は大学院卒業までの学費を会社が負担するなど、まさに「家族」と同じように手厚く支援する。

 将来の不安を軽減することによって、社員の愛着心が高まり、離職防止につながる。「がんの両立支援制度が整っていると強い安心感がある。この会社で長く働き続けたいと思える」(経営企画部の50代男性)。

 伊藤忠商事人事・総務部企画統轄室長の西川大輔氏は、「(充実した両立支援策は)何かあっても会社が支援するから安心してここにいてほしいというメッセージだ。愛着心を持って働いてもらうことで会社の成長につながる。

 ESGの観点で持続的に成長していくために何が必要かを考えたら、社員がやりがいを持ち、この会社でもっとやっていきたい、貢献したいと思えるような組織にすることだ。そうすることで、優秀な人材が集まり、抜けずに長く貢献してくれることにつながる」と話す。

■ 精神障害の労災は過去最多
出所:厚生労働省

 社員の健康リスクとして、メンタルヘルスも見逃せない。2017年度は、精神障害の労災請求が1732件、認定が506件あり、ともに過去最多だった。うつ病などの精神障害は、長時間労働が原因で発症するケースも多い。勤務時間を柔軟に選べる制度は労働時間の削減が期待でき、メンタルヘルス対策としても有効だ。

 花王は、産業看護師や人事担当者などが協力し、精神障害を未然に防ぐ体制を敷いている。ストレスチェックの結果を詳細に分析し、急激な変化が見られる社員には産業医との面談を勧める。

 企業が持続的に成長するためには、柔軟に働ける仕組みを整え、休暇や経済支援などによって仕事と家庭とを両立させることが欠かせなくなっている。

「日経ESG」(2019年1月号)では、働き方改革に取り組む企業事例などさらに詳しく紹介しています。