世界に4600万人の「現代奴隷」

 ビジネスと人権に関する指導原則は、その後、各国の政府や企業に大きな影響を及ぼしている。例えば、2015年にドイツのエルマウで開催されたG7サミット(主要7カ国首脳会議)で、首脳宣言の一つとして「責任あるサプライチェーン」が取り上げられている(下図)。

■ エルマウサミットで首脳宣言として採択された「責任あるサプライチェーン」
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 首脳宣言では、各国が国連の指導原則の理念を実現するように、行動計画を策定することが推奨されている。国別行動計画は、英国を皮切りに西欧諸国で導入が相次ぎ、米国でもトランプ政権に移行する直前に発表された。日本は、2016年11月に国別行動計画を策定することを宣言したが、現時点で行動計画は決定されていない。

 こうした動きの中、英国は「現代奴隷法」を2015年に制定した。英国で事業を展開している企業で、全世界の売り上げが3600万ポンド(約55億円)を超える企業に、情報開示義務を課すもので、多くの日本企業も対象になるとみられる。

 この法律では、「奴隷と人身取引に関する声明」を作成し、サプライチェーンや自社の事業で奴隷と人身取引が行われていないことを確認するための方策、もしくは方策を取っていないことを示すよう求めている。

 現代奴隷とは、広い意味での強制労働や人身取引の対象になっている人々を指す。オーストラリアの人権団体「ウォークフリーファンデーション」の2016年の調査によれば、全世界に約4600万人、日本に29万人の現代奴隷がいると推計されている。

 英国の現代奴隷法と類似の人権に関する法令は、米カリフォルニア州の「サプライチェーン透明化法」をはじめ、フランスやオランダ、オーストラリアなど次々と導入が進んでいる。

 コンゴ民主共和国(DRC)周辺の内戦を引き起こしている、武装勢力の資金源になっている疑いのある「紛争鉱物」への規制も広がっている。米国が「金融規制改革法(ドッド・フランク法)」を施行し、米国証券取引委員会(SEC)に提出する年次の「紛争鉱物報告書」で、紛争鉱物が製品に含まれているか否かを記載する義務を課している。欧州も紛争鉱物に関する規則を準備中である。

 現代奴隷法やドッド・フランク法は、人権尊重への取り組みを直接義務付けるものではない。しかし、企業に自社の取り組みを、取り組んでいないのであればその事実を開示させることにより、市民社会や投資家などのステークホルダーからの働きかけを促すことを狙っている。新しいタイプの規制手法といえる。