伊藤忠に限らず、社長交代をリスクと見られるケースは少なくない。

 塩野義製薬もその一社だ。2008年に社長に就任した手代木功氏は、業界で「手代木マジック」と評されるほど卓越した手腕を発揮し、同社の株価を10年で3倍に引き上げた。

 塩野義製薬の最大のリスクは手代木社長の交代と見る投資家が少なくない中、2017年版の統合報告書からサクセッションプラン(後継者育成計画)を明記するようにした。

 若年層から中堅層、幹部層までを対象に多種多様な人材育成プログラムを用意。手代木社長自ら幹部層を育成する「社長塾」では毎年10人前後を選抜し、年7〜9回開催する。現在の執行役員4人も社長塾の卒業生だ。ここまで踏み込んでプランを開示しているケースは珍しく、「投資家もこの部分に最も関心を寄せている」(経営戦略本部広報部の神山直樹・IRグループ長)と言う。

■ 塩野義製薬は後継者育成計画を充実
塩野義製薬を復活させた手代木功社長。統合報告書ではサクセッションプランの充実ぶりをアピールし、社長交代のリスクを取り除く

 野村アセットマネジメントの宮尾氏は、「ガバナンスについて、日本企業で特に重要なのがサクセッションプランだ。中でも長期間務めた社長の交代はリスクが大きい。後継者の育成制度がどうなっているかを開示しているところは高く評価できる」と言う。

 投資家はガバナンスを重視しているが、日本企業の統合報告書にはガバナンスの情報が不足している。取締役の人数や経歴を記すだけでなく、監督と執行の分離ができているかどうかを見せる工夫が必要だ。

 塩野義製薬の場合、取締役会の実効性を分析、評価した結果を記している他、社外役員の要件と独立性の判断基準を公開している。

株主と同じ船に乗る

 統合報告書で示した成長戦略を本当に実行できるのか。投資家を納得させるには経営陣がどれだけコミットしているかを示すのも有効だ。アムンディ・ジャパン運用本部ファンダメンタル運用グループ長/運用本部アクティブ・ジャパン運用部長の藤田泰介ディレクターは、「株主と経営が同じ船に乗っているか、株価をどう上げていくかについて明確なメッセージが欲しい」と話す。

 伊藤忠は、すべての取締役、監査役、執行役員についてそれぞれの所有株式数を公開し、「市場を意識して経営しているというコミットメント」(成川・IR室長代行)を示した。

 エッジ・インターナショナルの梶原CEOは、「統合報告書を武器にしている企業は、作って終わりにせず、ビジネスや企業価値にどう結び付けるかまで考えている」と話す。

 塩野義製薬は、統合報告書を投資家へのアピールに活用するだけでなく、新たなビジネスパートナーの呼び水にしようとしている。報告書が有望な企業の目に留まり、「将来、伸びそうな会社」と認めてもらえれば、提携や協業に発展し、ビジネスを拡大できる可能性がある。

 ITが進展し、業種や業界の境界がなくなりつつある中、どの企業がライバルやパートナーになるか予測がつきにくい。「アマゾンやグーグルなどが(塩野義製薬の主力である)感染症の領域でビジネスをしたいとなったときに当社と組もうと思ってもらえるよう、統合報告書で過去の成長の軌跡や強みを訴えることが重要だ」(神山・IRグループ長)。

「日経ESG」(2018年7月号)では、投資家に伝わる統合報告書のポイントを紹介しています。